100年続く映画館が台風の被害に。映画ファンが決起した感動の実話『場末のシネマパラダイス』

2021/9/15 11:00吉村智樹吉村智樹




新型コロナウイルスは映画館に大きな影響を及ぼしました。入場者数が減ってしまい、シネコン、ミニシアター、そして長きに亘って営まれる「街なかの映画館」は苦境に立たされています。そんな存続の危機にある映画館を、映画ファンたちはクラウドファンディングなどの手段をとりながら支えているのが現状です。


映画を愛する人たちが、危機にある映画館を救うため集結する。新型コロナウイルス禍以前にも危機に瀕する映画館をファンが救助しようとした、こんなできごとがありました。それは「水害」がもたらした物語。今回紹介する新刊に書かれている美しいストーリーは2019年の秋に起きた実話。築100年を超える貴重な映画館に、台風は容赦なく襲い掛かったのです


甚大な被害を受けた映画館は、いったいどうなってしまったのか――。


おススメの新刊を紹介するこの連載、第67冊目は、福島県の本宮市(もとみやし)に現存する映画館が再起した奇跡のドラマ『場末のシネマパラダイス 本宮映画劇場』です。





■福島県にある「奇跡の劇場」と呼ばれる映画館


あなたが住む街や、あなたのふるさとに「映画館」はありますか。昔ながらの「街なかの映画館」はずいぶんと減ってしまいましたね。


全国の映画館が減少するなか、福島県の本宮市には、創立107年に及ぶ建物が生き残っています。その名は「本宮映画劇場」。不定期上映というかたちをとりながら、なんと現役なのです。そしてこの本宮映画劇場は、さまざまな角度から「奇跡の劇場」と呼ばれています。


住宅地に忽然と姿を現わす本宮映画劇場。大正3年(1914)に建てられた往時の姿をいまに留めています。宮殿を思わせる外観は威風堂々としており、街のランドマークであり、かつ地下迷宮へ連れていかれるRPGの入り口のようにも感じます。



@Yuko Tamura 2021 Printed in Japan


本宮映画劇場の館主は二代目・田村修司さん(85)。オーナーであり、映写技師であり、上映する作品を決定するプロデューサー。さらには大量の資料を保管し、終業を決意した配給会社のフィルムを買い取るなど映画文化の保存にも骨を折った人。大げさではなく、地方の映画界を支えた巨星です。



@Yuko Tamura 2021 Printed in Japan


■100年以上続く「場末の映画館」三代目を継ぐ女性


そんな本宮映画劇場がたどる100年以上の歴史を綴った新刊が『場末のシネマパラダイス 本宮映画劇場』(筑摩書房)。著者は三代目を引き継ぐために東京都内の映画館で修行をする田村優子さん。修司さんの娘です。この『場末のシネマパラダイス』は娘による父へのインタビューで進行するのです


首都圏から遠く離れた、のどかな街に位置した本宮映画劇場。「場末」に届くフィルムは、映画館をいくつも渡ってきた、くたびれたしろもの。封切りから半年遅れて届いた頃には作品の目玉である肝心のラブシーンだけが欠落していた、そんな状態が悪いフィルムもあったのだそう。田村優子さんの故郷である本宮映画劇場は、フィルムの最後期を看取るおくりびとのような存在でした。





■日本に一台しか残っていない「奇跡の映写機」


場末に位置しながらも実は本宮映画劇場は全国の映画ファンが注目する「シネマパラダイス」。理由のひとつは、稀少な映写機にあります。こちらの映写機は「カーボン式」と呼ばれる仕様。焼いたカーボン棒2本をペンチではさんでセットし、熱いカーボン棒の光で上映するという古式ゆかしきシステム。



@Yuko Tamura 2021 Printed in Japan


カーボン棒が光を放つ時間はわずか30分。映写技師は新たなカーボン棒をくべながら、90分の映画ならば6本を交換します。とても手間がかかるのですが、カーボンの光は哀愁を帯びた独特な色をしているため、上映された作品には深い味わいが生まれるのだそう。このカーボン式のマシンが稼働する映画館は、この国にはおそらくもう残っていません。しかも経験が浅い技師では扱えないボロボロのフィルムを上映していたのですから、田村さんのテクニックは日本唯一の神業。本宮映画劇場が「奇跡の映画館」と呼ばれるゆえんなのです。


■B級C級映画も分け隔てなく上映したシネマパラダイス


さらに「奇跡」な点は、上映作品の幅広さ。不朽の名作『ローマの休日』を上映するかと思えば、『怪猫化け猫大騒動』などのお化け映画、力道山追悼作品『怒涛の空手チョップ ああ!花の生涯』、謎すぎる性教育映画『ねこと人間と性』、どういう仕組みか女性の股間が発光する『ピカピカハレンチ』、全裸の俳優が大蛇と絡みあうエログロ映画『水中裸の浮世絵 蛇魂』、極めつけは「どんな作戦なんだ!」とツッコみたくなる『パンティ大作戦』



@Yuko Tamura 2021 Printed in Japan


このように怪作奇作がズラリ。有名無名を問わず、お子さま映画からプロレス映画、成人映画、悪趣味映画まで田村さんのアンテナがキャッチした映画を続々と上映したのです。


世界の名作からB級C級、果てはアヤシイ映画会社がつくったZ級モンドムービーまで、分け隔てなく上映した二代目館主・田村修司さん。権威主義ではなく、映画をとてもフラットに愛していた人です。独自のセンスで作品を選び、C 級作品でも映写機にかけた田村さんは配給会社からも好まれました。そのため、いまとなっては全貌がつかめない謎の配給会社の謎映画の資料がたくさん届いたのです。初代がなんでも捨てる人だったのに反し、田村さんはそれらを保管していたため、「こんな映画が存在したんだ!」と、いまではとてつもない貴重な物証となっています。また『パンティ大作戦』をはじめ多くの低予算映画を製作配給をした六邦映画のフィルムを何百本も買い取るなど、アーカイバーとしても類稀な存在となったのでした。


だからこそ街の人々から奇異な目で見られた部分もあったようです。貴重な建造物や二つとない映写機、入手困難な資料が現残するなど、本来なら国が保護してしかるべし奇跡の存在。なのに長いあいだ市史から露骨に排除されていたのだそう。これまでも日本中で、俗悪だの不健全だのと抗議があったために「なかったこと」にされてきた文化施設がたくさんあったのでしょうね


工業地帯であった本宮市。働く女性や男性にとって、たとえB級C級でも映画は癒しであり、明日の活力をやしなうみなもとであり、こころを救済する場でした。そして田村優子さんにとって劇場は楽しい遊び場。売店には母が、映写室には父がいて仕事をしている。その姿は頼もしく、かっこよく、誇らしかった。


三代目を継承する決意をした田村優子さんが書いたこの『場末のシネマパラダイス』には、俗悪な映画であってもそれを楽しく観ていた観客を慈しむ温かな目線と、映画館を続ける努力をした家族への情愛、そして名作じゃない映画だって映画なのだ差別すんなという怒りに貫かれています。


■奇跡の映画館を容赦なく襲う台風


そうして阿武隈川のほとりで100年以上も豊潤でオリジナルな映画文化を発酵させてきた本宮映画劇場。しかし近年、最大に危機が訪れます。それが2019年10月12日に上陸した台風19号。記録的な大雨は大規模な河川氾濫を呼び起こし、川の付近に建つ本宮映画劇場もひどい水難に遭いました。


被害がもっとも大きかったのが400缶以上に及ぶフィルム。おそらくこの世に一本しか残っていないであろう日本映画の秘宝が半分以上、水没したのです


著者の田村優子さんがこの新刊『場末のシネマパラダイス』に着手したのは6年前の2015年だといいます。つまり、水害にあう最終章を書くのは想定外だったはず。想い入れいっぱいな映画館の記録を後世へ残そうとして始まった書籍化なのに、よもやパニック映画さながらのサプライズ展開になるとは。著者本人すら想像していなかったでしょう。


水没の悲報を聴いてまず東京から駆けつけたのはフィルム技術者の女性二人。彼女たちは泥にまみれた缶の錆びやフィルムのカビが進行したピンク映画の数々を必死で洗浄しました。しかし言わば対処療法であったため、汚れだけではなくフィルムに刻み込まれた映像も溶けて流れてしまう。いま目の前で、洗ったがために貴重な映画が消えようとしている。帰路につく技術者の女性は、その無念に涙したといいます。


本宮映画劇場のフィルムを救え。立ち上がったのは映画を愛する有志たち。技術者のみならず俳優やミュージシャン、学生たちが協力。刻一刻と劣化が進むフィルムを洗い、乾かし、つなぎなおし、補正し……大勢の映画ファンが携わり、数ヶ月に亘る作業が続きました。



@Yuko Tamura 2021 Printed in Japan


■映画館にまつわるドラマはまだ終わらない


こうして本宮映画劇場の人々や、映画を愛する有志たちの尽力によって貴重なフィルムの多くが再生しました。


さらに10月に開催が決定した「神戸発掘映画祭2021」において「本宮映画劇場 六邦映画救出大作戦」と題し、本宮映画劇場に秘蔵されていた、いまはなき幻の配給会社「六邦映画」製作の伝説のピンク作品が上映されるのだそう。





水害というピンチに見舞われながらも胸にともる灯を絶やさなかった、映画を愛する人々の魂。それ自体がまるで一本の映画のように、勇気が湧いてくるストーリーです。


けれども天変地異やウイルスは、よっぽどアホなのか、いくら人間が「これは文化的に重要なものなんだ」と力説しても無慈悲に襲来しやがります。そしていま日本中の映画館が侵攻される当事者なのです。


あなたの街の映画館がもしも助けを求めていて、過去にあなたがその映画館から感動をもらった経験があるのならば、いまこそ恩返しする番なのでしょう。



場末のシネマパラダイス 本宮映画劇場
田村優子 著
1,980円(税込)
筑摩書房

福島県の小さな町に残る築100年を超える映画館では古い映写機やフィルムが出番を待っている。
まるでタイムカプセルのような劇場の歴史と館主の姿を伝える。

福島の田舎町にある、本宮映画劇場。
築100年を超える。
現在は不定期で上映会を開くが、かつて日本映画全盛期にはたくさんの作品や実演をかけてきた。
都会では知られていない珍品のポスターや、いまや極めてめずらしいカーボンアーク式映写機が稼働する。
まさに奇跡の映画館といえる。
ここに残る貴重な資料を多数の図版で見せながら、田舎の映画館のしられざる歴史をたどる。

映画が華やかだった時代のエピソードを父はたくさん話してくれる。
それはわたしが幼いころから今もつきることはない。
この劇場には歴史と文化がつまっていて、映画に活気があった時代の空気が今も残っているからだろう。
父の口から語られるさまざまなエピソードは、わたしにとって「映画」そのものなのだ。

田村 優子
本宮映画劇場二代目館主・田村修司と妻・富久子のあいだに三人姉妹の三女として、福島県本宮町(現・本宮市)に生まれる。
安積女子高校(現・安積黎明高校)卒業、東京工芸大学で写真を学ぶ。
大学卒業後はフリーのスタイリストとして広告、雑誌などの仕事を続ける。
現在、東京都内の名画座でアルバイト勤務、本宮映画劇場三代目として修業中の身。
https://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480818577/



吉村智樹
https://twitter.com/tomokiy