切り絵作家が彫る「笑えるブックカバー」が話題!『きりえや偽本(にせぼん)大全 名作文学パロディの世界』

2021/8/26 15:00吉村智樹吉村智樹




「理屈抜きで、腹の底から笑いたい」。そういう気分になる日、ありますよね。


SNSを覗けば、ワクチン派と反ワクチン派が言い争い、芸人の生き方についてテレビ派とYouTube派が罵りあい、撮り鉄と一般鉄道利用者がバトルするなどピリピリしたムードが横溢しています。


「お笑い」で笑おうと思っても、推しのコンビが準々決勝で敗退しているのに、あんまりウケてなかったあのコンビがなんで通過? 有名だから? と釈然としない。気が晴れない。


だったら本で笑いませんか。書籍ならば爆笑できるうえに、誰も巻き込まない、傷つけない。こんな平和な世界はありません。


おススメの新刊を紹介するこの連載、第64冊目『きりえや偽本(にせぼん)大全 名作文学パロディの世界』です。





■書店で「存在しない偽本(にせぼん)」のイベントが


9月5日(日)まで「ジュンク堂書店」池袋本店にて、興味深いイベントが開催されています。それが「きりえや夏の偽本(にせぼん)まつり2021」





この「偽本(にせぼん)まつり」は、世界の名作文学、のような、でも「あれ?」、よく見ればどこかがちょっと違っている「偽本(にせぼん)」ブックカバーがズラリ並んだ展示会なのです。



(c)kirieya(Ryo Takagi)


ドストエフスキー『罪と罰』……かと思いきや、かわいいバクが牢獄に閉じ込められている『罪と獏』



(c)kirieya(Ryo Takagi)


ヨーロッパに伝わる民話『長靴をはいた猫』かと思いきや、クサいからできればやめてほしい『長靴をかいだ猫』


このように「思ってた本と違う!」ブックカバーがなんと80点もディスプレイされているのです。



(c)kirieya(Ryo Takagi)


『ジョニーは銭湯へ行った』なんてほんと「知らんがな」ですよね。とほほな脱力感が、たまりません。コロナ禍で誰しも緊張を強いられる日々。このいい湯加減なユーモアは、いまもっとも接種が必要な笑いなのでは。


それにしても書店が「存在しない本」のイベントをやるなんて、あまりにも型破り。しかもこれら「偽本」のブックカバーは購入が可能。本に巻き付ければ、あなたは「存在しない本の読者」に変身できるのです。「中身を偽(いつわ)るブックカバー」で本を包む行為自体がもう不条理文学と言えますよね。ぜひカフカの本にお使いください。


■切り絵作家の「偽本(にせぼん)ブックカバー」が注目された


この「偽本」の作者は「きりえや」の屋号で活躍する高木亮さん。書籍『ねこの切り絵』など愛らしくて味がある作風で人気の「きりえ」(切り絵)作家です。


「偽本」を彫り始めたきっかけは2007年にブックカフェで開催された個展。切り絵を楽しく鑑賞していただこうと、書皮(ブックカバー)を100点制作。そのなかに文芸パロディを2種類おり交ぜていたところ、お客さんが大笑い。その2種類は突出して売れ、強い手ごたえを感じたのだそう。


そうして翌2008年から「偽本」に特化したブックカバー展を開きました。パロディのおもしろさが口コミでジワジワとひろまってゆき、遂には新潮社の雑誌『新潮45』で連載するまでに。文芸の出版社が「偽本」の連載をするとは巻き返しが痛快ですよね(その後『新潮45』は残念ながら自社内ですらカバーできない問題に直面し、休刊とあいなりました)。


そしておおもとの「偽本」ブックカバー展は新作を増やしつつ、書店や大学図書館など場所を替えながら10回以上開催されました。今回「ジュンク堂書店」池袋本店で展開する「偽本」ブックカバー展は過去最大級規模なのだそう。


ブックカフェの一画で芽生えた「偽本」という笑いが、13年の月日のなかで発酵してゆき、遂にはブレイク。なんとロマンあふれるストーリーでしょう。それ自体をビジネスサクセス書にしたいくらい。ドラッカーの「マネジメント」ならぬ「真似ジメント」なんてブックカバーをつけてみたい。新しい文化は街の片隅から生まれる。「小さなムーブメントこそ大切に育てなければならないんだな」と気づかされます。


■ブックカバーだけの新刊が遂に発売


そして遂に、これら「偽本」ブックカバーが書籍化されました。それが『きりえや偽本大全 名作文学パロディの世界』(現代書館)。過去に彫刻された「パロディ文学」が一冊に収められたのです。


ブックカバーばかりこうしてまとまると笑いのパワーがすごい。ページをめくるたびにくすくす笑いが止まらなくなり、しまいに声をあげて笑ってしまいます。



(c)kirieya(Ryo Takagi)



(c)kirieya(Ryo Takagi)



(c)kirieya(Ryo Takagi)


先輩からファンタグレープを買ってくるようにパシらされる『ぱしれメロス』、戦艦の進路に立ちはだかる膨大な数のイカ型異生物の恐怖を描いた『最低2万はいる』、パリのオペラ座のトーナメントで19連勝したムエタイ選手に強要される八百長のドラマを描いた『タイ人20連勝』(なんと『オペラ座のタイ人』の完結編!)などなど「原作をちょっともじっただけで、こんなにかけ離れてゆくのか」と笑いながらも感心しきり。単なるパロディでは終わらず、「その偽本、めっちゃ読みたい」と思わせる秀逸なあらすじがついているのが素晴らしい。


■切れ味が鋭い「芸の細かさ」


笑いを賞賛するひとつの定義に「芸の細かさ」があります。この『きりえや偽本大全』は、とにかく「芸が細かい」


世界の名作文学のパロディ表紙のみならず、たとえば登場人物紹介、キャッチコピー、本のこぼれ話(そもそも本が存在しないのに!)、改訂版の紹介(もともとないのに!)、その本が誕生した時代背景、架空の書評、その本が巻き起こした論争についての解説、他国で翻訳されたバージョンの紹介、作中に登場する料理のレシピ、モデルとなった史実、映像化の歴史、映画版と原作の違い、盗作が疑われた箇所などなど、書籍にまつわるありとあらゆる事象を網羅。もちろんすべて「偽(にせ)」フザケ倒しているのです。さすが切り絵作家、カットアップの技が冴えに冴えています。


読み終えて笑い疲れたあと「パロディブックカバーでここまでやれるのか」と驚異に感じました。ブックカバーがこんなにおもしろいと、巻かれる側の本のプレッシャーもきっとすごいはず。ミラクルひかるにモノマネされる側の気持ちがわかりました。



きりえや偽本大全 名作文学パロディの世界
高木亮 著
定価 2000円+税
現代書館

きりえやの高木亮氏が長らく作り続けてきた「偽本ブックカバー」の単行本化。
『罪と罰』や『人間失格』などの各国の著名な文学作品名を、『罪と獏』『人間ひっかく』などともじった切り絵と、そのもじりから連想される架空のあらすじをまとめた作品集である。
高木氏のかわいくておかしい切り絵と絶妙な「?世界」は、これまで多くのファンを魅了してきた。
今回の書籍化にあたっては名作文学のブックガイドとしての側面を果たすため、各章末には原作本のあらすじを書誌情報とともに紹介。
文学史を学ぶ学生から文学好きな年配の方まで幅広く楽しめる本を目指し、最終的にはこの本を通じて読者に世界の名作のおもしろさを知ってもらえる本にできればと願っている。

【著者紹介】
高木亮(タカギ・リョウ)
1971年香川県生まれ、きりえ画家。
大学在学中から切り絵を始める。
単著として『ねこ切り絵』『12か月のねこ切り絵』(誠文堂新光社)、『画文集ユメとバルーン』(ビーナイス社)がある他、CDジャケットや音楽教科書(令和2年度版・小学3年生)に作品が掲載される等、幅広く活躍中。
2008年から「偽本シリーズ」製作開始、大学図書館や書店でおこなってきた「偽本展」は10回に及ぶ。
なお、偽本作品の大半の初出は新潮社発行の『新潮45』になる。

『カラマーゾフの兄弟』『二都物語』『金色夜叉』……。タイトルだけは知っているけれど、なかなか手が出しにくい世界の、日本の名著。そんな名著のタイトルをもじった精巧な切り絵と、それに合わせた架空のあらすじが付されたブックカバーを書店のフェアで初めて見た時、「これは文学好きにも、文学初心者にもぜひとも見てもらわなくては!」と思いました。
買い漁ったブックカバーを家族や友人たちに贈るうちに、これを一冊の本にまとめて名著のブックガイドを作りたいという思いがむくむくと湧き上がり、ノリノリの著者と進めることとなりました。
脚注や読者アンケートや類書案内など、もともとのブックカバーには入っていなかったコラムもたくさん収録されているので、偽本ブックカバーファンにもぜひお手に取っていただきたいです。
http://www.gendaishokan.co.jp/goods/ISBN978-4-7684-5903-4.htm


【『きりえや偽本大全』刊行記念】きりえや夏の偽本まつり2021

会期:2021年9月5日(日)まで。
10:00~22:00(短縮営業となる場合あり。書店HPを御覧ください)

会期中無休 ※他のイベント開催中は観覧できません 

会場:ジュンク堂書店池袋本店9Fギャラリースペース

東京都 豊島区南池袋2-15-5
https://honto.jp/store/detail_1570019_14HB320.html

嘘から出た実(まこと)。
“つけたら別の本になる”パロディブックカバー・偽本が本物の本になりました。
それを記念し、掲載作品の元となるオリジナルカバー全80種+αを展示、販売(1枚150円+税)する偽本まつりを開催します。
あわせて架空のあらすじを紹介するパネルや、作品に使用したきりえ原画の展示、ポストカードや豆本、かるた、きりえ作製キットなどのグッズ販売も。
また期間中には作者によるきりえ実演や体験教室を開催予定。ナイフから生み出された、かわいくておかしい噓の世界をご堪能ください。


吉村智樹
https://twitter.com/tomokiy