怪談を集めまくる女子が書く「すべて実話」の恐怖の一冊『怪談まみれ』
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猛烈な暑さが続きますね。夏は血も凍るような「怪談」が納涼にぴったり。
おススメの新刊を紹介する、この連載。
第60冊目は、すべて実話という深津さくらさんの怪談集『怪談まみれ』です。
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■「怪談と結婚した女」の「実話怪談」
今週はいよいよ8月に突入します。夏です。夏なんです。
日射病や熱中症の危険をはらむ高い気温が続き、日傘なしに外出するのは大げさではなく命にかかわります。それでなくても暑さで倒れ救急車で運ばれる患者が増えるこの時期に、世界中から集まってスポーツをやっているとは。「なかなかのホラーだ」と感じずにはいられません。
「こんな暑い日に本なんて読んでいられねえよ」
そう思う人は少なくはないでしょう。けれども猛暑のシーズンだからこそいっそう真価を発揮する文芸ジャンルがあるのです。それが「怪談」。
特におススメなのが、怪談の新星、深津さくらさんの新刊『怪談まみれ』(二見書房)。前著であるデビュー作『怪談びたり』がベストセラー&スマッシュヒットとなり鮮烈な印象を残した深津さん、待望の2冊目であります。恐怖エピソードの数々にページをめくる指先は震え、エアコンを暖房に切り替えなければならないほどキモが冷えること請け合い。
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深津さくらさん 撮影:吉村智樹
「怪談と結婚した女」と呼ばれ、寄稿、怪談トークイベント、テレビやラジオ、配信番組、DVDなどなど日夜引っ張りだこの人気者となった深津さくらさん。彼女のスタイルは「怪談蒐集」。恐怖体験や奇妙な記憶を持つ人たちを丹念に取材した実話ばかりなのです。
収録されているエピソードはすべて実話。なので、とにかくリアル。たまたま入ったバーで老人にマジックを見せられて以来、何年もトランプのジョーカーが身の回りに現れる。家族が同じ場所で転んでけがをする。プリクラ写真のうち1枚だけがおかしい。トイレ掃除のアルバイトをしていたら大の個室から自分が出てきた。などなど、どれもこれも、いびつで理路整然としていない。心霊体験なのか、なんなのか。時空が歪んだのか。パラレルワールドの裂け目を覗き込んでしまったのか。「こわい」よりも「ふしぎ」。理屈では説明がつかないのです。そして多くの人が「身に覚えがあるのではないか」と。
■あとでジワジワくる遅効性の毒
奇怪な出来事が「なぜそうなったのか」といったはっきりしたオチがないので、ポーンと崖から突き落とされたような気分になる。怪談としての完成度よりも、腕が欠損したミロのヴィーナスを愛でるように、情報提供者が話した一次情報に添っている。だから初めて読む人は「思っていた怪談と違う」と少々とまどうかもしれません。決して即物的でヴィヴィッドな恐怖ではなく、あとから「ああ、ゾッときたわ」と胸にせりあがってくる、遅効性の毒。
そう、本当に恐い経験とは「墓場を荒らしたから霊に恨まれた」「心霊スポットへ行ってみたら、やっぱりお化けが出ました」みたいな単純な因果応報ではない。突然、我が身に降りかかり、そうなった理由もわからないまま、なんの教訓も残さずに去ってゆくものじゃないですか。
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私自身も「怪談として語れるほど起承転結はないけれど、意味不明すぎる」奇異な体験があります。本を読んでいたら目には見えない力によって叩き落とされたり、電車に乗ったら次の駅が「乗ったはずの駅」だったり、クレジットカードの請求額があまりにも大きいために不正に使われているのではないかと調べたら、支払いぜんぶに身に覚えがあったり。
■決して「怖い話はありませんか」とは訊かない
彼女が怪談を蒐集している様子を知る人に訊くと、深津さんは取材というよりも、看護師さんが「今日はどうされましたか?」と患者さんに質問するような、やわらかでリラクゼーションなひとときをもたらすのだそう。おおよそ恐怖とは正反対。「怪談を集めている」雰囲気ではぜんぜんないのだとか。実際、取材の際は「怖い経験はありませんか」「恐怖体験はないですか」とは決して口にしないと深津さんは言います。
取材する側に鬼気がないから、取材される側は安心して「そういえば……」と自分のなかでは恐怖譚として成形されていない、説明がつかない奇妙な経験を語りだす。怪談蒐集がカウンセリングのような効果を惹き起こす。それゆえに「深津さんが書く実話怪談は怖いんだけど、無駄におどろおどろしくなくて癒される」という愛読者も多いのです。
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■「オンライン取材」が拓いた新たな怪談世界
話を盛らず、もっと言うと「恐がらせよう」とすらしない。それよりもできるだけ正確であろうとする肌理細やかな文体からは情報提供者への感謝の気持ちが伝わってきます。彼女があえて理路整然と構成せず、「罰が当たった」的なつまらない道徳観にも陥らず、物語の欠損部分を慈しむようにそのまま読者へ提供するのは、自分に心を開いてくれた人々へのリスペクトなのでしょう。ネタではなく、人生の貴重な瞬間をわけてもらったのだと。
怪談作家のなかには実話を「ネタ」と呼ぶ人がいます。それは怪異な経験を打ち明けてくれた人たちに失礼ではないかなと、私は少し抵抗があるのです。「結局カネかよ」って(それはそれでコワいですが)。
この2冊目『怪談まみれ』は新型コロナウイルス禍の渦中に取材と執筆がおこなわれました。これまでの往診のような取材方法は断たれ、オンラインに切り替えたと言います。それゆえに実は前著『怪談びたり』とはテイストが少し異なるのです。前著より、ディティールをはっきりしっかりと書いてある。飲み屋で話を聴くなどよりも、オンラインのほうが得られる情報が多いのでしょう。このオンライン取材がかなり奏功しており、「状況描写はいっそう細密になっているのに、結局なんだかわからない」というシュール度をアップさせています。そういう点で「オンライン取材の実話怪談」の先駆となる歴史的な一冊が登場したと感じました。
怪談師としてデビューしてわずか3年。あまたいる怪談の書き手をごぼう抜きにして頭角をあらわした深津さん。この2冊目『怪談まみれ』からは、もう新人ではない、「怪談にまみれて生きるのだ」という覚悟も響いてきました。
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怪談まみれ
深津さくら 著
1,400円+税
二見書房
“怪談と結婚した女”と呼ばれる人気怪談作家、深津さくら最新刊!
日常の景色に漂うかすかな怪――
新たに蒐集した実話怪談43篇を収録。
気味の悪い不条理、強力な呪い、温かい感触、障る場所……。
“あんなのに触って、おまえ呪われたで”
突然やってきて通り過ぎる怪異が生む物語・
https://www.futami.co.jp/book/index.php?isbn=9784576210988
吉村智樹
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