美術とは無縁の人生を送った「木こり」の絵が何故これほど心に刺さるのでしょう。

2021/7/23 11:40Tak(タケ)Tak(タケ)

世の中には秘めた素晴らしい才能を持っている人がたくさんいるものです。

仕事や日々の生活に忙殺されていると見過ごされてしまうタレントが、ひょんなことが切っ掛けで陽の目を見ることがあります。


東勝吉《川西から見た由布山》1990年代? 由布院アートストック蔵

この絵を描いた東勝吉もそうした人物のひとりです。

どんなにアートに詳しい方でも東勝吉というアーティストの存在は知らないでしょう。

東勝吉(Katsukichi Higashi 1908-2007)は、林業の盛んな大分県日田に生まれ、長年木こり(樵)を生業とし70過ぎまで仕事に精進してきた人物です。


東勝吉ポートレート

仕事引退後は由布院にある老人ホーム温水園(ぬくみずえん)に入り静かな余生を送っていました。

78歳で入園してからゆっくりとした時間を過ごしていた東に、ホームの園長から水彩絵具を贈られたことがきっかけとなり、由布岳などの風景を描き始めました。



実に御年83歳から絵筆を握りはじめた東。当時既に長年の仕事で所々にがたが来ていた身体は要介護2でしたが、何かに取りつかれたように絵筆を走らせ周囲を驚かせたそうです。

驚いたのは東の情熱や集中力だけではありませんでした。全くこれまで絵に触れたこともない東が描き出す作品が目を見張るほどの素晴らしさを有していたのです。


東勝吉《菊池渓谷》1997年

”自分はいつも一年生だと思っています。絵が「先生」で、絵がいろんなことを教えてくれます。絵で一番大切なのは、色使いです。完成は大変です。加筆は常にしています。

生きた絵を描くこと。死んだ絵を描いてはならぬ。人物なら、目玉は最後に入れます。

ともかく描くことです。

いい絵が描けても、描けなくっても、毎日絵を描くことです。”



10代で幼くして母親を亡くした東。生涯の大半を山の仕事に従事していたため、絵に触れる機会は全くありませんでした。美術とは無縁の人生だったはずです。

しかし、あまりにも構図や色使いなどが秀でているため、老人ホームの職員が好きな画家はいるのかと尋ねたところ「絵を習っていないので、誰も知りません」との答えが返ってきたそうです。

大胆な色使いはマティスを、どこか素朴な表現はルソーをついつい私たちは想起し関連付けたがります。しかしそれらは東の絵を観る際には全く不必要なことなのです。

東勝吉の絵は、東勝吉の人生が凝縮された代わりのない、他と比較などできない唯一無二の存在です。


東勝吉《雪の山 英彦山》

99歳で亡くなるまでの16年間で、珠玉の水彩画100余点を描いた東。

介護や必要な身体であったため屋外での写生ができなかった分、自分の山人生の中で目に焼き付けてきた自然の光景を引き出しながら絵筆を走らせました。

最晩年の彼の様子が映像に残されているそうです。体調を崩しベットの中で過ごす東。もう絵は描かない「描けば、前の絵を汚す」とつぶやく姿は、立派な絵師とての矜持がそこに現れています。


東勝吉《由布院の春》1998年

10代から70代まで60年以上に渡り、山のなかで自然に触れあいながら生活していた者にしか描けない風景画。

「アウトサイダー・アート」と十把ひとからげにとてもすることが出来ない東作品は、分断が壁口、足の引っ張り合いばかりの毎日を悶々と過ごす現代人に希望の光を与えてくれます。

かけがえのない時を自己と真摯に向き合うことで描かれた東の風景画は、我々の心を震わせてやみません。

東勝吉の作品を初めて美術館で紹介する展覧会「Walls & Bridges 世界にふれる、世界を生きる」。自らを取巻く障壁を、展望を可能にする橋へと変え得た5人のつくり手たちが集っています。

展覧会公式サイト:https://www.tobikan.jp/wallsbridges/


「Walls & Bridges 世界にふれる、世界を生きる」

会期:2021年7月22日(木・祝)~10月9日(土)
開館時間:9:30から17:30まで(入室は閉室の30分前まで)
休館日:月曜日、9月21日(火)
※ただし、7月26日(月)、8月2日(月)、8月9日(月・休)、8月30日(月)、9月20日(月・祝)は開館
会場:東京都美術館 ギャラリーA・B・C
https://www.tobikan.jp/



東京都美術館ものがたり―ニッポン・アート史ダイジェスト