「乙女のカリスマ」嶽本野ばらが「お姫様」の世界を描き新境地を切りひらく『お姫様と名建築』
おススメの新刊を紹介する、この連載。
第59冊目は「乙女のカリスマ」と呼ばれる作家、嶽本野ばらさんの最新刊『お姫様と名建築』(エクスナレッジ)です。
■世界の「お姫様」たちがたどった数奇な運命
「お姫様」といえば、あなたは誰を思い浮かべるでしょう。
「世界でもっとも美しいプリンセス」と呼ばれるスウェーデン王室のヴィクトリア王女でしょうか。あるいは、ファッションリーダーである英国王室のキャサリン妃かも。
ディズニープリンセスなら白雪姫にシンデレラ、オーロラ姫にアリエルにジャスミン。日本にも、かぐや姫にもののけ姫に海月姫、「姫の虎退治」で一躍名を馳せた姫井由美子元参議院議員などがいます。
誰しも憧れる世界のお姫様たち。しかし、歴史をひもとくと、すべてのお姫様が幸せに生涯を閉じられたわけではありません。家柄に束縛され、想いのない人のもとへ嫁がされた女子もいました。城に幽閉され、ときには戦争を指揮しなければなりません。そして敗戦などの罪に問われ処刑されたお姫様も少なくはない。世界にいまも姿を残す名城や宮殿や聖堂は、お姫様たちが凛として時局に立ち向かった証しでもあるのです。
■「乙女のカリスマ」が「お姫様の生きさま」に迫る
世界に名だたる名建築と、そこで暮らしたお姫様たちの生涯を丹念にたどった話題の本が発売されました。それが『お姫様と名建築』。
著者は嶽本野ばらさん。『それいぬ――正しい乙女になるために』をはじめ一貫して少女文化を追求し、「乙女のカリスマ」と呼ばれる人気作家です。ロリータ少女とヤンキーという相容れるはずがない二人の女子高生に友情が芽生える『下妻物語』はベストセラーとなり、映画化もされました。
『下妻物語』主演の深田恭子が着た甘めのロリィタファッションは(そしてロリィタファッションを着たままのアクションシーンは)、その後のモードのトレンドを一気に塗り替える爆発力がありましたね。「乙女って、たくましく、強いんだぞ」と、価値観を塗り替えてしまったのです。
媚びず、迎合せず、孤高に輝く乙女の正しさを説き続けた野ばらさん。そんな野ばらさんが次に着目したのが「お姫様」。
野ばらさん曰く「お城は本来、軍事施設」。夜な夜な舞踏会が催される優雅なお城も、有事となればそこから砲弾が発射されます。敵国に攻め入れられれば、たちまち血の海に。10代の若さで人死を目の当たりにし、戦わねばならかったお姫様たち。やりたくないことをやらないためならば闘うことをおそれない乙女の雄姿を描き続けた野ばらさんの美意識が「お姫様」へ辿り着くのは、右足を出して左足を出すと歩けるくらい当たり前の摂理といえるでしょう。
嶽本野ばらさん 撮影*吉村智樹
■ヴェルサイユ宮殿に刻まれたマリー・アントワネットの悲劇
嶽本野ばらさんの新刊『お姫様と名建築』は建築系の出版社エクスナレッジから発売されていることもあり、とてもわかりやすい建築ガイドブックになっているのが嬉しい。
たとえば「お姫様・オブ・お姫様」と呼んで大げさではないマリー・アントワネット。彼女が暮らしたヴェルサイユ宮殿にある劇場は、夫であるルイ15世が14歳だった彼女を歓迎するために建てたものであることなど、いきさつが記されています。妻に劇場をプレゼントする、そんな時代がかつてはあったのです。
「パンがなければお菓子を食べればいいじゃない」と大喜利の答みたいな迷言で世界的な知名度を得たマリー・アントワネット(実際はそんなことは言っていない説もあるそうですが)は、ヘアスタイルをコロコロ変えたり、次々と新しいファッションを生みだしたり、田舎暮らしに憧れたり、現在で言う「インフルエンサー」「インスタグラマー」的な存在でした。
そうやって宮殿でのんびり楽しく暮らしていたのにフランス革命に巻き込まれるようなかたちで37歳でギロチンで斬首されるなんて、どんな波瀾万丈な人生よりも急展開がキツイ。
彼女をめとる際に造られた劇場は現在(コロナ前)、年に数回だけ公開されています。劇場の大部分が突貫工事で造られたため、絢爛豪華に見えても実際の装飾は紙粘土を貼り合わせ、金紙をのせただけのイミテーションゴールド。紙製なので、もし火災が起きれば、あっという間に消失してしまうのだそう。なので公開が限定されているのです。なんだか、一瞬で消えたマリー・アントワネットの人生が上演され続けているかのよう。
(C)ayumi. (C)嶽本野ばら (C)エクスナレッジ
■お姫様のように生きる「覚悟」はおありかしら?
このように紹介された30か所には、どの建物にも、お姫様たちの面影を感じてしまいます。実際に「お姫様の幽霊が現れる」と、心霊スポットとしてウワサされる場所もあるくらいです。
海外のプリンセスが結婚すると、日本でも大きく報じられます。彼女たちは由緒ある家柄に生まれ、かつ職業がモデルやアーティストである場合が多く、かわいくてかっこいい。お姫様は太古の昔から現在に至るまで庶民の憧れの存在なのです。
「姫系」と呼ばれるファッションやインテリアの人気は、衰えることを知りません。髪にティアラを挿し、ロングトレーンのドレスで入場するロイヤルウエディングふうの結婚式もまた、夢みる人が多い。庶民が「お姫様に憧れる気持ち」は、古来よりDNAに紡がれ続けているのでしょう。
しかし、お姫様のように愛されながら私らしく生きてゆくには、運命を背負う「覚悟」が必要なのだと、新刊『お姫様と名建築』に紹介された歴史的建造物たちは教えてくれるのです。野ばらさん自体が、いろんな理由である期間「閉じ込められていた」ため、籠城の描写はとてもスリリングでリアル!
「この頃の私、な~んか社会のルールに負けて、気高くないな~」。そう感じたら、この新刊を読んでみませんか。お姫様の生涯に想いを馳せながら、想像の建築旅に耽ってみてください。
本当は実際に世界の城を巡ってみるのがよいのでしょう。けれども残念ながら世界的なコロナ禍で、どんな国のお姫様でもそれはかないませんから。
お姫様と名建築
嶽本野ばら 著
2,420円(税込み)
エクスナレッジ
「お城に住むからお姫さまなのではなく、お姫さまが住んでいるからお城なのです」
食う寝るところに住むところ。
お姫さまが「お姫さま」たるために最も大切なものは何でしょうか?
それは案外「住むところ」かもしれません。
お姫さま達はどのような建物に住んでいたのでしょうか。
そこでどのように生きたのでしょうか。
住んでいたところを知るというのは、彼女の生涯を知るということです。
ヴェルサイユ宮殿で贅沢を謳歌したマリー・アントワネットは、37歳でギロチン台の上に散りました。
ジョゼフィーヌはナポレオンとの離婚後、マルメゾン城で薔薇を育てました。
カトリーヌ・ド・メディシスは、夫の愛人ディアーヌ・ド・ポアチエからシュノンソー城を取り上げました。
広い中国を支配した西太后は引退後、紫禁城の北西を自分好みに美しくカスタムしました。
グラームス城には、魔女裁判にかけられて処刑されたジャネット・ダグラスの亡霊がさまよっています。
名建築の中で恋をし、裏切られ、支配し、支配され、閉じ込められ、処刑され……。
懸命に生きたお姫さま達の生き様とは。
乙女のカリスマ・嶽本野ばら氏が物語る、全く新しいお姫さま論。
お姫さまとお城、宮殿、寺院、教会建築との繋がりを巡る30+αの物語が、ファッションデザイナーのayumi.氏のイラストによって鮮やかに描写されます。
ふたりの美学が貴方の中の少女を呼び覚まします。
正しいお姫さまになるために――
https://www.xknowledge.co.jp/book/9784767828893
吉村智樹
https://twitter.com/tomokiy