【カラーで見る】原爆投下7ヵ月後の広島が衝撃的すぎる

2015/1/21 21:49 服部淳 服部淳

どうも、服部です。昭和の歴史を映像をもとに紐解いていくシリーズ、今回は原子爆弾が投下された翌年、1946年(昭和21年)に撮影された広島のカラー映像を紹介したいと思います。撮影は3月から4月にかけて行われたようなので、原爆投下(1945年8月6日)後、わずか7~8ヵ月です。

Youtubeで93万回以上再生されている「Hiroshima Aftermath 1946 USAF Film(1946年の広島の状態 アメリカ空軍フィルム=著者訳)」というタイトルの17分ほどの映像です。ナレーション、BGMなどは一切ありません。
※動画はページ下部にあります。


まず撮影のカチンコが映し出されます。Dateの枠に「April 8 46」と書いてあります。1946年(昭和21年)4月8日の撮影のようです。


廃虚の屋根の下で、子供たちと手を繋ぐキリスト教聖職者の姿が見えます。聖職者らが見上げる先には……、


破壊された教会のような建物がありました。よく見ると水道管が壊れているのか、水が流れ出ています。調べてみると、「日本基督教団 広島流川教会」という広島市流川町(現在の広島市中区流川町)にあった教会(1971年に広島県中区上幟町に移転)でした。流川(ながれかわ)といえば、現在では中国地方いちの歓楽街として知られている場所です。


広島中心部の地図を見てみましょう。中央の赤い枠に囲まれたところが原爆ドームが残る原爆の爆心地である場所で、その右に黒くマーキングしたあたりが教会があった付近です(※マーキングの場所に誤りがありましたので修正いたしました《2016年1月26日》)。地図上でざっくり測ったところ、爆心地から900mほど。爆心地から半径約2kmがほぼ全焼したと言われています。


瓦礫の中、麦でしょうか栽培している男性がいます。日本以外の国だったら、こんな状況下なら略奪されても致し方ないのでは、などと勝手な心配をしてしまいます。


真新しい建物群は、応急仮設住宅のようです。手前には焼け残った樹木が見られます。


仮設住宅前で作業しているご夫婦らしき。


続いては墓地が映し出され、納骨穴がアップになります。ここから納骨をするのだという説明用ですかね。


女性の住職でしょうか(服装は普段着風ですが)。前にずらりと並んでいるのは、お骨を入れる骨箱のようです。


再びカチンコが登場。Dateを見ると「March 27 46」となっています。冒頭の映像より前の1946年3月27日の撮影のようです。


男性が建物に入って来て、中にいる初老の男性に書類を渡します。


初老の男性は、帳簿で何か調べると、積み重ねられた骨箱から1つを男性に渡します。先ほどの骨箱が並んでいたのと同じ場所のようです。受け取った男性は、先ほどの住職と思われる女性にそれを渡します。


映像は屋外に切り替わると、女性が瓦礫の中で何かを探しているようです。


原爆投下から8ヵ月近くが経ってもこの瓦礫の山です。重機が現代のように充実していない当時では、気の遠くなるような量です。女性は何かを見つけ出したようで、それを手招きされて来た男性に渡します。見たところ紙束のようです。


米兵と思われる男性も何かを拾い歩き……。


子供たちも瓦礫の中を探し歩いています。背後には、広電と呼ばれる路面電車が走っていきます。広電は、被爆のわずか3日後から、一部区間で運転を再開していました(己斐~天満町間)。


食器を見つけたようで、品定めをする子供たち。自分や家族が使うためなのか、闇市などで売るためなのかもしれません。


廃虚と化した紅白模様のビル。結構巨大な建物です。通り過ぎる女性が、顔に包帯を巻いているのが気になります。


大八車で大荷物を運ぶ男性がいます。引っ越しでしょうか。


こちらの男性は、自分の住居跡を見つけたのか、もしくは復員(戦地より帰国)してきたばっかりなのか、整地を始めています。


電柱での修理をする男性。見たところ命綱のようなものはないようです。


女性たちは川で食料でも探しているのでしょうか。手前の子供たちは、カメラのほうを物珍しそうに眺めています。




ここからしばらくは、新聞社のようなところでの映像が続きます。


キネマ旬報が置いてあるデスクで原稿書きをする男性。


座っている男性に紙の束が渡されます。


写真のようです。それを整理したり何か書き込んだりしていきます。


ここでなんと、リテイク。撮り直しです。ドキュメンタリーではなく、作為的なところもあるようです。


赤色の墨でレイアウトを組んでいき……、


使用する活字を用意する文選という作業をしています。


用意した活字を並べていく植字という作業です。


意図がよく分かりませんが、デスクにはNewsweek誌が積み重ねられています。


その後、印刷、裁断作業が行われ、完成です。音声がないので憶測の域を出ないですが、行方が判らなくなった身内を探し出すための「尋ね人」の新聞なのでしょうか。長々と撮影していたからには、そうであってもらいたいものです。


再び外に出て、広電が走っていきます。






そして、大型トラックに瓦礫を積み込む作業をもって、映像は終了します。気が遠くなる作業ですが、このような地道な努力があって、広島は復興していったのですね。

いかがでしたか? 何度かこのシリーズの締めに同じようなことを書いてきましたが、白黒だと別世界のように思えていた過去の日本が、カラーで見ると現在と時空が繋がっている同じ日本なんだという目で見られるような気がしませんか? 引き続き、歴史の1ページを紐解いていければと思います。

(服部淳@編集ライター、脚本家)



動画「Hiroshima Aftermath 1946 USAF Film(1946年の広島の状態 アメリカ空軍フィルム=著者訳)」


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