映画『レジェンド&バタフライ』のレジェンドは木村拓哉の織田信長。TVドラマ、トヨタのCM、そして映画。3度目の織田信長役でどんな伝説を作るのか?

2023/1/27 09:00 龍女 龍女

『THE LEGEND & BUTTERFLY』は、信長と濃姫(帰蝶。1534~? 綾瀬はるか)が政略結婚で結ばれて、本能寺の変までの30年間を描いた内容である。

10代の後半から49歳までの信長を木村拓哉は映画の中で演じる。
これまで演じてきた信長の総決算作品なのである。


(『織田信長 天下を取ったバカ』の木村拓哉 イラストby龍女)

最初に取り上げる
『織田信長 天下を取ったバカ』(1998年3月25日、TBS)
木村拓哉25歳の作品である。

この頁では10代後半の木村拓哉から、20代までを振り返ってみよう。

実は筆者は10代後半の木村拓哉を直接観たことがある。
1989年12月に日生劇場で上演された舞台『盲導犬』である。
舞台のヒロインの銀杏は桃井かおり(1951年4月8日生れ)である。

さすがに何日の回を観たかは覚えてはいない。
うっすらと内容は覚えている。
演出は、蜷川幸雄(1935~2016)
1973年に唐十郎(1940年2月11日生れ)が書いた戯曲だ。
初演は、蜷川幸雄と石橋蓮司(1941年8月9日生れ)と蟹江敬三(1944~2014)が作った櫻社の為に執筆された。
桃井かおりは、1973年の初演にも出ている。
脇役のミニスカートの婦警だった。
初演ではヒロインの銀杏は、当時石橋蓮司と同棲中だった妻の緑魔子である。

元になっているのは渋澤龍彦の『犬狼都市』(1962年、桃源社)である。
渋澤龍彦はSMのS、サディズムの語源となったマルキ・ド・サド侯爵の小説の翻訳で有名な文学者だ。
原作の小説は渋澤龍彦のオリジナルだ。

戯曲化した舞台の内容は抽象的にしか書けない。
サディズムもLGBT的表現も出てきた。
中学生だった筆者には、大人すぎて訳が分からなかった

木村拓哉の役は70年代前半の不良であるフーテンの少年である。
(初演は蟹江敬三が演じた)
財津一郎演じる盲目の男と稚児の関係になる。
分かる人には分かるであろう。

つまり、この頃は織田信長ではない。
小姓の森蘭丸の立場に当たる役を演じていた。
(『THE LEGEND & BUTTERFLY』では、森蘭丸は市川染五郎が演じている)

蜷川幸雄の演出は厳しかった。
木村拓哉はインタビューで過去を振り返る度に
「この舞台がなかったら今でも仕事をしていない」
と答えている。

今思うと、筆者は幸運だった。
「私は木村拓哉の伝説の舞台を観ているんだ!」
と語り継いで、自慢のネタにしていきたい。

木村拓哉が初めて戦国大名を演じたのは、織田信長ではない。
松平元康(徳川家康の前の名)である。
これは、『君は時のかなたへ』(1995年9月18日、テレビ朝日)と言うスペシャルドラマで、SFモノだった。
松平元康が現代にタイムスリップし、看護婦の北条薫(持田真樹)と恋におちる。
今なら、乙女ゲームのような内容である。
脚本は、舞台で伝奇モノ(ファンタジー風の時代劇)を得意とする劇団☆新感線の座付き作家・中島かずき(1959年8月19日生れ)である。


いよいよ本格的な時代劇に挑戦したのが、『織田信長 天下を取ったバカ』である。
原作は坂口安吾(1905~1955)の『信長』である。

桶狭間の戦いで全国に名をとどろかす前の物語である。
この時の木村拓哉は弟の信行(筒井道隆)を自らの手で殺して、尾張統一を果たした頃までを演じた。


(坂口安吾 イラストby龍女)

坂口安吾は、太宰治(1909~1948)と並ぶ、無頼派の小説家で『堕落論』が有名だ。
ドリフのコントで、作家(いかりや長介)が書けなくて原稿用紙を丸めて捨てるイメージのヒントになった。
残念ながら、このイラストはその写真からの引用ではない。
雑誌文藝春秋の取材恐らく今でもある「作家の書斎」コーナーで、本棚から取り出す姿をポーズして映っているので、弱冠ドヤ顔である。
文豪を数多く撮影したカメラマン・林忠彦(1918~1990)の代表作と言えば
汚い書斎の坂口安吾なので、検索して欲しい。

坂口安吾が信長に惹かれたのは、安吾自身がガキ大将だったので共感したのだろう。
大正の不良少年は戦国の不良少年に共感したのである。

大人に頭ごなしに注意されても何を言っているのか分からない。
自分が体を張って何が悪くて何が良いのか確かめないと気が済まない。

坂口安吾は旧学制の中等学校時代にハイジャンプで優勝した程の強い陸上選手だった。
織田信長は喧嘩することも戦争の訓練と見なしていたと描写している。
坂口安吾は実践したことしか信じない合理的な信長像を書こうと試みたが、本能寺までは書けず48歳で急死して未完に終わった。
信長と、弟・信行を溺愛する母・土田御前(いしだあゆみ)の確執が詳しく描かれる。
これは坂口安吾が、母が妹を生んでから、愛情の対象から外された実体験と重なる。

脚色は井上由美子(1961年生れ)である。


(井上由美子 イラストby龍女)

井上由美子は、筆者が木村拓哉の最高傑作ドラマと考えている『ギフト』(1997年4月~6月)のサブ脚本家(メイン脚本家は飯田譲治)であった。
メインの脚本家として初めて木村拓哉を主役に書いた作品だ。
連続ドラマでは、後に同じコンビで『GOOD LUCK!!』が大ヒットする。
木村拓哉とは『エンジン』(2005年)の後、井上由美子が超売れっ子になってしまってスケジュールが合わず、『BG〜身辺警護人〜』シリーズ(2018、2020年)まで13年間かかった。

1998年当時は、井上由美子もまだ駆け出しの脚本家だったので、原作付きの割合が多かった。
丁度40歳に手がけた大河ドラマ『北条時宗』(2001)も高橋克彦の原作があった。
オリジナルの2006年の『マチベン』が向田邦子賞を取ってからは、TVドラマに関してはオリジナルの企画が比較的通りやすくなったようである。

井上由美子は時代劇は『忠臣蔵1/47』(2001年12月28日、フジテレビ)でも木村拓哉と組んだ。
木村拓哉は赤穂浪士屈指の剣豪、堀部安兵衛(1670~1703)を演じた。
木村拓哉は、剣道経験者だが、実は殺陣は剣道と違い、踊りの振り付けに近い。
しかし、ジャニーズ事務所のトップアイドルSMAPのメンバーとして当然踊りの心得もあった。
剣道を経験しただけの人には出せないハイスペックさである。
彼の演技をいつも同じというのは、何処の目の節穴かと思ってしまう。
彼の演技の巧さが光るのは実は時代劇なのである。

ただし、この頃の木村拓哉はまだ渋谷のチーマー上がりの不良の雰囲気が残っていて、時代劇を自分なりに消化していたかは、観返さなければ判断できない。

今回の映画『THE LEGEND & BUTTERFLY』に繋がるのは、濃姫役も初の時代劇だった中谷美紀(1976年1月12日生れ)だったことだ。

中谷美紀は『THE LEGEND & BUTTERFLY』では濃姫の侍女・各務野を演じている。
濃姫役の綾瀬はるかとは大ヒットしたタイムスリップ時代劇『JIN-仁-』(2009、2011)以来、仲良くなったための配役だろう。

資料探しの中で、木村拓哉が番宣を兼ねて『王様のブランチ』(1998年の3月21日頃か?)に出演をしていたときの映像を観た。
その中でたまたま25年前も営団地下鉄(現・東京メトロ)に貼られた『織田信長』のポスターが盗まれたとスポーツ紙の記事を引用して紹介されていた。
2022年の11月5・6日に行われた木村拓哉が参加した『ぎふ信長まつり』のポスターが盗まれて転売された事件は改めて、木村拓哉の人気が健在であることを証明した。

井上由美子が描いた信長には、後に嫡男信忠を産んだ側室の生駒吉乃(1528?~1566)の関係もちゃんと描かれている。
生駒吉乃は麻生祐未(1963年8月15日生れ)が演じた。

『THE LEGEND & BUTTERFLY』の肝になるかもしれないのは、信長と濃姫の間に子供が出来なかったことである。
公式な記録では濃姫は信長と婚礼を上げた以降は、特に記述が無い。
離縁したのか死別したかも分からないそうである。


次は木村拓哉が40歳になった頃に再び信長を演じた作品について紹介しよう。

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