「クレイジージャーニー」で活躍する人気写真家が決死の覚悟で撮影した『奇界遺産』

2021/6/30 11:00 吉村智樹 吉村智樹




新型コロナウイルス禍が世界的に収束するのは、早くても三年後だと言われています。「海外旅行」、今年は難しそうですね……。


いやそれどころか、国内ですら旅行は容易ではありません。沖縄はまだ緊急事態宣言が解除されておらず、10都道府県には「まん延防止等重点措置」が執られています。あと少し、辛抱を要するようです。


「旅に出たーい!」。そんな気持ちを、いまは新刊で解消しませんか。せっかくならフツーの旅行誌に載るようなメジャーな場所ではなく、簡単には辿り着けないブッ飛んだ場所の写真集で、思いっきり想像の羽を広げてみてはいかがでしょう。


おススメの新刊を紹介する、この連載。
第56冊目は人気フォトグラファー佐藤建寿(さとうけんじ)さんの写真集、世界遺産ならぬ『奇界遺産』です。






(C)佐藤建寿 (C)エクスナレッジ



(C)佐藤建寿 (C)エクスナレッジ


■特番で復活した「クレイジージャーニー」


世界の「ヤヴァいエリア」に潜入するバラエティ番組『クレイジージャーニー』(TBS)。松本人志、設楽統、小池栄子がMCを務めたこの番組、いろいろあっていったん終了していましたが、根強い人気を誇る番組ゆえに先ごろ特番というかたちで復活しました。ご覧になられた方も多いでしょう。


「独自の視点やこだわりを持って世界&日本を巡る"クレイジージャーニー"たちがその特異な体験を語る」。これがクレイジージャーニーの番組コンセプト。


なかでも人気の「ジャーニー」が写真家の佐藤建寿さん。スマートで理知的な雰囲気、未開拓な場所へも果敢に分け入る雄姿、落ち着いたトークは多くの視聴者をとりこにしました。かく言う「体型だけ丸山ゴンザレス」な僕も佐藤氏の活躍に魅了された一人。


■世界遺産ならぬ「奇界遺産」とは?


佐藤建寿さんがクレイジージャーニーに選ばれたきっかけの一つが、2010年にリリースした写真集『奇界遺産』(エクスナレッジ)。ご多分に漏れず、私も佐藤氏が撮影した写真集『奇界遺産』にはド肝を抜かれました。ページを開くと……「えええ!?」。世界の奇妙な場所や人物の画像が、これでもかと掲載されているではありませんか。





中国の「洞窟村」、アメリカのUFO基地「エリア51」、ギリシアの「オーパーツ」、チベットの「イエティ」、インドの「サイババ」などなど、こうして書き並べているだけで命が狙われそうなチャレンジングすぎる画像がこれでもかと。「どうやってこの場に入れたんだ」「どこから撮影したんだよ、この構図」。息を飲む画像ばかり。訪問国はなんと40超。『奇界遺産』は、辿り着くだけでも壮絶な極地取材による、なまなましくも美しい画像が連続射撃された奇跡の写真集だったのです。


なかでも中国にある「洞窟のなかに村を形成して生きる民族」の姿は衝撃度が高く、この画像がクレイジージャーニーに選抜される決定打の一つとなったようです。


■さらにクレイジー度をアップさせた新刊「奇界遺産3」


佐藤氏は続いて2014年に『奇界遺産2』を発売。これもまた、とんでもない内容。閉鎖された異常な彫刻庭園、オーストラリアのUFO基地、東南アジアの生け贄儀式などなど「わずか4年で、世界中こんなにまわったの!?」と驚かされました。しかもチェルノブイリで締められた構成には、単なる珍世界紀行ではなく、地球規模で大きな変革が起きる予兆を感じずにはいられませんでした。





さらに7年後のいま、遂に『奇界遺産3』が発売されました。


「3」もまた強烈。シリーズ最高傑作でしょう。


北朝鮮、氷上に生きる民族、ロシアの国家公認「超能力者」育成学校、落雷が止まらない湖、アメリカの「バーニング・マン」、軍艦島、マトリョーシカだらけのホテルなどなど、いやぁ アブない、アブない。全ページ「奇跡のうえにもまだ奇跡があったのか」と、立ち眩みしそう。サルバドール・ダリをして「すべてのシュルレアリストを束にしても、あの男よりクレイジーではない」と評した、メキシコの大富豪が遺した奇想の庭園は、すごいにもほどがあります。「冥界へ続く駅のエントランスホールなのではないか」と錯覚するほどの狂気をはらんでいるのです。



(C)佐藤建寿 (C)エクスナレッジ



(C)佐藤建寿 (C)エクスナレッジ



(C)佐藤建寿 (C)エクスナレッジ


■いつまでも存在しない奇界遺産。「今行かねば次はない」焦り


前著から7年の空白があったのは、佐藤氏の取材ペースが落ちたから、ではありません。まったくの反対。この7年、佐藤氏は「今行かねば次はない」という焦りから、急き立てられるように取材頻度をアップしていたのです。


近年、佐藤氏は世界の変化を肌で感していました。険しい道を乗り越えてやっと辿り着いた少数民族の村人が、手にスマホを持っている。世界はすみずみまで接続されるようになった。けれども接続の速度は国の「保守化」を進める速度でもあります。情報戦は、いつしか局地紛争へと進展。行き来できない国が増え始めたのです。


世界を旅するとは、すなわち世界情勢に揉まれること。地球のうねりを肌で感じた佐藤氏は、突きあげられるように海を渡ったのです。写真集を編む時間を奪うまでに。



(C)佐藤建寿 (C)エクスナレッジ



(C)佐藤建寿 (C)エクスナレッジ



(C)佐藤建寿 (C)エクスナレッジ


■新型コロナウイルス禍の渦中に発売された意義


しかし、佐藤氏のクレイジーな旅は2020年に強制終了させられます。皆さんご存知、新型コロナウイルス、COVID-19と名づけられた感染症の影響です。佐藤氏が感じた「世界が切断される」知覚は、世界中で多くの死者を出すという悲しいかたちで現実のものとなってしまいました。早く撮影しなければまだ観ぬ奇界が消滅する、そのような焦燥感を抱きながら世界を駆け巡った佐藤氏にとって、旅の制限は生きる理由すら断たれる大惨事でしょう。


とはいえ、海外はおろか国内の奇界にすら移動が困難な状況は、別の成果を生みだしました。それが『奇界遺産3』を制作する時間。世界の分断を憂いた佐藤氏が、世界を分断する超異変のおかげ(?)で写真集をつくる時間を得たのは皮肉ですが、奇界とはそもそも狂おしい矛盾のなかで存在するもの。『奇界遺産3』は新型コロナウイルス禍に産み落とされた意義を得たのです。


佐藤建寿さんの決死の覚悟が結実した、紙で楽しむクレイジージャーニー『奇界遺産』。命がいくつあっても足りないと身がすくむ想いでページをめくりました。けれども心のどこかに「命と引き換えてでも、訪れてみたい」というクレイジーな夢が芽生えてくる。むしろいっそう旅への希求を掻き立てられる一冊、いや三冊です。



奇界遺産3
佐藤健寿 著
4,180円(税込み)
エクスナレッジ

『奇界遺産』七年ぶりの集大成・奇妙な世界をめぐる、狂気の旅。

2010年に刊行され、現在も版を重ねるヒット作『奇界遺産』シリーズ、7年ぶりの続編。
今作では北朝鮮のマスゲーム、アメリカのバーニング・マン、北極の少数民族ネネツ、日本の軍艦島をはじめ、幅広いジャンルの世界各地の奇妙な文化を収録。
シリーズ過去最高傑作となった。

私は一般にラスコーの洞窟壁画に象徴される、人間の<余計なもの>を作り出す想像力や好奇心こそが、人類を駆動させてきた力そのものではないかと、ずっと考えている。
その結果生まれたものたちを『奇界遺産』と呼んでいるわけである。
それは洞窟にはじめて壁画を描いたホモ・サピエンスの閃きであり、イースター島を目指して海を渡った人々の意思であり、月を見るために宇宙ロケットを考えたツィオルコフスキーの情熱である。
あるいは密林で不可思議な仮面をつける部族の踊りであり、奇妙な彫像が立ち並ぶ庭園の眺めであり、北極でトナカイと暮らす人々の祈りであり、死者と交信して語らう老婆の言葉である。
その力は人間の生存には不要だが、きっと存続のために必要な何かであった。
本書は、そんな人類最大の無駄、あるいは人類最大の天賦が生み出した奇妙な世界──奇界をふたたび駆け巡った、長い旅の記録である。

・ポップでダークな「桃源郷」(北朝鮮)
・緑に飲み込まれた漁村(中国)
・「廃墟の王」(日本)
「世界の果て」の遊牧民族(ロシア)
・泥に埋もれた村(インドネシア)
・砂漠に出現する「架空の街」(アメリカ)
・劇的人工絶景世界(中国)
・珍建築一帯一路(中国)
・囚人の古代予想図(キューバ)
・「地獄の扉」(エチオピア)
・大富豪の奇想の庭園(メキシコ)
・世界一怖いモーテル(アメリカ)
・国家公認「超能力者」育成学校(ロシア)
・革命的盛り上げ装置(台湾)
・ディストピア装置(キューバ)
・異次元オペラ(北朝鮮)
・人類最古の葬礼(インドネシア)
・エキゾチック来訪神(日本)
・死者を担ぐ奇祭(マダガスカル)
・奇妙な精霊(パプア・ニューギニア)
・人類保管計画(ベネズエラ)
・幽霊の教会(チェコ)
・20世紀最大の怪物(イギリス)
・死体農場(アメリカ)他
https://www.xknowledge.co.jp/book/9784767828916



吉村智樹