衝撃の京都ガイドブック「愛欲と情念の京都案内」の内容がスゴい!

2016/11/14 17:30 吉村智樹 吉村智樹





▲『女の庭』など多数のベストセラー小説を世に送り出した花房観音さんは現役のバスガイドでもある。そして新刊は小説ではなく京都のガイドブック。その内容は……



こんにちは。
関西ローカル番組を手がける放送作家の吉村智樹です。
ここでは毎回、僕が住む京都から、耳寄りな情報をお伝えしております。


そろそろ京都は紅葉のシーズン。
そして秋の行楽シーズンの幕開けです。


木の葉が色づく季節になると、書店の棚は京都のガイドブックがひしめきます。

ほっこりできるカフェ、イートインできる和スイーツのパティスリー、イケメンショコラティエの抹茶を使った新作チョコレート、ナチュラルな自分を演出できる草木染めストール、背伸びをしてワインとともに楽しめる京懐石……などなど一生かけてもまわれないほどのステキガーリーなショップを紹介した京都案内本がズラリ。


しかし、そんななか、地底で黒光りしているような、異彩を放ちまくる京都ガイドブックが。
その本のタイトルは『愛欲と情念の京都案内』



▲花房観音さん初の新書『愛欲と情念の京都案内 魔が潜むこわ~い街へようこそ』(PHP研究所 950円+税)


愛欲?
情念?


なんですかその時流に喧嘩を売るような、闇を煮込んだようなテーマは。


そして内容は……。


ストーカー男を振ったがために老醜をさらした像までつくられた女流歌人が眠る寺。
一方的に愛され、その男に首を斬られた女の墓。
よかれと思って夫の危機を救ったがために自害する羽目になった女性像がまつられるお堂。
この水を飲ませると相手との縁が切れるという井戸。
皇后の亡骸が朽ち果て白骨になるまで晒されたという辻。
死んだ女が子どもを育てるために飴を買いにきたという店。
人を串刺しにしている形だという説もある団子。



などなど……。


どこにも、はやりのブーランジュリーやサードウエーブコーヒーの情報が載っていない。
でも「え! あそこって、そうだったの?」「そんな場所が京都にあるんだ!」と、震えながらもページをめくる指が止まりません。


しかも単なる人間関係のもつれによる悲劇のあるスポット紹介ではなく、「平成の男女ならどうか」「自分ならそのときどうするか」と冷静に現代に照射させながら筆を進めるという極上のエッセイにもなっています。
マップが充実していて、その場所へアクセスできるのもありがたい。


これを書いたのは『女の庭』『指人形』『花びらめくり』などのベストセラーを持つ小説家の花房観音(はなぶさ・かんのん)さん。
京都を舞台にした哀切感のある性愛小説で人気の女流作家さんであり、現役のバスガイドでもあります。


小説家の彼女が、なぜこのような京都ガイドブックを書こうと思ったのか。
わたくし、うかがってまいりました。


愛欲と情念の京都案内
魔の潜むこわ~い街へようこそ
(PHP研究所)
著者:花房観音




「平安京は魔から守るために四神に囲まれた土地を選んでつくられたというが、その魔の正体は人間の欲望ではないか?」


怨念、嫉妬、呪い、縁切り……現役バスガイドであり、京都を舞台とした「情」の絡み合う作品が人気の著者が、「人間の情念がうずまく、怖い京都」の歩き方を案内する。







■ゆるふわ系の京都ガイドにみんなもう飽きている


――小説家の花房観音さんが初めてお出しになった実用的な京都ガイドブック『愛欲と情念の京都案内』は、タイトル通り、男と女の深いドラマがある場所を訪ねるという、ほかにはない旅行ガイドになっていますね。どうしてこういう本を出そうと思われたのですか?


花房観音
「書店へ行けば、とてもたくさんの京都のガイドブックが並んでいます。ですが、そういう本って、ほとんどが“乙女系”や“ゆるふわ系”なんです。かわいいカフェや雑貨屋さんの紹介ばかり。でも京都のそういう極端な一面だけを採りあげたガイドブックって、みんなもう飽きているんじゃないか? と思ったんです。『京都めぐりをする人たちは、本当はもっとディープな内容のものが読みたいんじゃないのかな』と、去年から書店へ行くたびに考えていたんです」


――おっしゃるとおり、京都本って最近は甘味処とパンとおしゃれワインバル紹介だらけですよね。あるいは魔界とオカルト系。本当に両極端。でもこの本は、そのどちらとも違う。そこに生きた人の念の怖さや悲しさが感じられる場所をめぐるという、画期的かつ深みのある観光ガイドだと思いました。それにしてもよく企画が通りましたね。


花房観音
「実は声をかけてくださったのは出版社のほうからなんです。PHP研究所という京都の出版社の方が私の小説を以前から読んでくださっていて、『“京都しあわせ倶楽部”という新書のレーベルを起ち上げたので、花房さんにも京都案内本を書いてほしい。女の情念とか、男の欲望とか、そういうものをトータルした“こわいガイドブック”を出してほしい』と依頼されたんです。私もそういうものを書いてみたかったので、タイミングが合ったのです」



▲新しい新書レーベル「京都しあわせ倶楽部」のしおり。はじめ「これギャグか?」と思った


■小説家であり、現役バスガイドでもある





――ガイドブックといえば、花房観音さんは小説家であり、かつ現役のバスガイドさんですよね。バスガイドのお仕事では、この本に掲載されているような歴史上のどろどろした人間ドラマについてもお客さんにお話しされるのですか?


花房観音
「バスガイドのテキストには載っていないのですが、私は愛欲と情念を抜きにして京都という街は語れないと思いますので、大人向けのツアーならば少し織り交ぜて話をします。京都は男と女の物語の宝庫ですから。とはいえ修学旅行生の前ではさすがにしませんが」


――おお、花房さんがガイドを務めるバスなら、この本に載っている生々しいエピソードをライブで聞けるのですね。もしも花房さんが先導する『愛欲と情念の京都案内ツアー』があったら、ぜひ参加したいです。それにしてもなぜ京都の街には、このような情念のこもった逸話が多いのでしょう。


花房観音
「京都って権力の中枢がもっとも長くあった土地なんです。平安時代から1000年以上、ここに都があった。そして京都の歴史は、欲の強い人たちが集まった歴史でもあります。信長も京都へ来たし、秀吉も家康も京都に城を建てた。権力を、トップを取ろうとした人たちが京都へ集まってきたんです。そして欲望のあるところにはドラマが生まれます。男も女も嫉妬や権威欲に翻弄され、人を憎んだり、呪ったり、孤独になったり、時には人を殺したり。私は京都の善悪を超えたそういう人間くさいところが愛おしいんです」


――「京都の歴史は、欲の強い人たちが集まった歴史でもある」という視点は、完全にいまシャットアウトされていますよね。むしろそういう強欲とは対極の、はんなり、ほんわか、ゆるゆるした和おしゃれタウンとして紹介されることが多いように感じます。


花房観音
「和菓子とか、見た目のきれいさだけしか注目されないですよね。でも京都の和菓子がなぜレベルが高いかというと、皇室に献上するために菓子店が競ったからなんです。京都の和菓子やお料理や衣服が優れているのは競いあった闘いの歴史があるからで、そしてその背景にはきれいごとでは済まないさまざまな欲望のドラマがあるんです。私はそこにある物語にこそ惹かれるし、そこが京都の魅力だと思うんですよね。そういった背景を無視して洋服や雑貨やお菓子を見て『かわいい』だけではもったいないです。実は私のデビュー作品『花祀り』(幻冬舎文庫)も京都の和菓子の世界が舞台の、嫉妬が渦巻く官能小説なんです」


■花房観音おすすめディープな京都BEST5


――この本には花房さんが選んだ京都の”深名所”およそ50か所が掲載されていますが、これからの行楽シーズンにおすすめの場所を5つ、お教え願えますか?


*以下、赤枠で囲った画像はすべて花房観音さんが本書の執筆のため取材時に撮影したものです。


花房観音
「わかりました。まずは『河合神社』を。ここはユネスコ世界文化遺産『下鴨神社』の摂社のひとつで、化粧品で自分がなりたい顔を書いて『美人になりますように』と祈願する鏡絵馬(鏡の形の絵馬)で知られる人気スポットです。美人飴や美人水、夏場は美人氷なんかもあって、女性が特に好きな神社です。近くには縁結びのご利益があるというご神木「連理の賢木」(れんりのさかき)も立っていて、お正月にはすごい行列ができます。美人になって、ご縁を授かって、さらにお隣には家庭裁判所まであるという(笑)。人生のフルコース揃っている感じですね。女の幸せとは何かを考えさせられる場所です」



▲右手に見えますのは河合神社の「鏡絵馬」でございます



▲化粧品を使って自分がなりたい顔を描き祈願する



▲「美人香」と呼ばれる香りがする根付



▲お肌によいという花梨の果汁を御神水で割った美人水。さわやかな味と香り


――美人になるって金運などと違って抽象的な祈願ですので、神様も困りそうですね。


花房観音
「ここはもともとは女性守護の神社なのですが、それがいつしか美人祈願という解釈に変化していったのが、現代人の欲望の反映だなと思いますね」



▲ここを訪れる女性たちに想いを馳せる花房観音さん


■SMAPファンも訪れる縁切り神社


――続いては、どちらを。


花房観音
「ここも女性に人気の『安井金比羅宮』(やすいこんぴらぐう)を。『悪縁を切り、良縁を結ぶ』というご利益があるのですが、“悪縁を切る”という部分にとみに注目が集まる神社です。絵馬がもうすごくって、不倫など男女関係のもつれだけではなく、職場のパワハラとか、ご近所トラブルとか、現代の病理の数々が書かれています。ここを訪れるたびに『人間って、心の中にこんなにも嫌なことを溜め込んで生きてるんだな』って考えてしまいますね。なかには憎い相手の住所や電話番号、顔写真まで貼りつけてあって。これはもう祈願じゃなく、呪い。そして私はここへ来ると、そういう人間の裏の顔が見えて、ほっとするんです」



▲お札が貼られまくり、北欧のもふもふしたモンスターを思わせる巨石。穴があいていて、切りたい縁などを書いた形代を持ってくぐると願いがかなうとされている


――ここの境内は視覚的なインパクトがすごいですね。


花房観音
「穴のあいた碑を形代(かたしろ/人間の身代わりとしたお札)が覆っていて、元の形状がわからない。そしてこの形代を貼るために女性の行列ができるほどの人気なんです。『みんなそんなに切りたい縁があるのか』って驚きますね。最近感動したのは『SMAPが●●ー●●●と縁が切れますように』と書かれた絵馬。『ここに来るほどSMAPのことが好きなんだ』って、涙が出そうになりました」



▲複雑でか細い路地にあり、周囲はしっとりした雰囲気に包まれる。鳥居を抜けると「愛の宿」が並び、道ならぬ逢瀬が似合う風景だ


――ここは場所もいいですね。


花房観音
「周囲が古いラブホテル街で、境内だけではなく環境そのものに独特な風情がありますね。男性は怖がる人が多いのですが、私は大好きな場所です」


■「ねじらせ女子」がひたすらのぼり続けた坂


――続いては。


花房観音
「では『女坂』(おんなざか)を。女坂とは通称で、実際の地名ではありません。智積院と妙法院の間から東方面の阿弥陀ヶ峰へ延びていく、傾斜のある一般市道の呼び名です。豊臣秀吉ゆかりの場所としても知られ、近くに豊国廟(ほうこくびょう/豊臣秀吉の墓)があります。春は桜がとてもきれいです」



▲ここを女子たちが毎日のぼっていたのかと驚くほどの急こう配。通称「女坂」。学生街ならではの、おいしい洋食屋さんもある


――なぜ豊臣秀吉ゆかりの一般道が「女坂」と呼ばれるのですか?


花房観音
「この坂は京都女子学園(幼、小、中、高校、短大、大学、大学院)の通学路で、京女(京都女子学園生徒・学生・院生のこと)ばかりがのぼる坂だから、そう呼ばれるようになりました(幼稚園と小学校は共学)。登下校時は本当にこの坂が女子だらけになるんですよ。最近では『プリンセスライン』というバスが走っていますが、昔はみなこのきつい坂を歩いてのぼっていました。実は京都女子大学は私の母校で、女子大生時代のことは『女坂』(講談社文庫)という小説にもしました」


――かなり勾配がきつくて長い坂ですが、幼稚園から大学院までこの坂を歩き続けた女性がいるということなんですね。確かにここは女性の人生とともにある坂ですね。


花房観音
「昔の京女のモットーは『良妻賢母』。まじめで地味な校風で、私が学生だった頃は『お嫁さんにしたい大学ナンバー1』と言われていました。ただ大学教授が授業中に『お嫁さんにしたい、なんて言われて喜ぶなよ。都合のいい女って意味やからな』と言ったのを聞いて、ハッとしましたね。私は当時、こじらせ女子どころか、ねじらせ女子といえるほどに屈折していたんです。コンプレックスの塊で、自分は『男の好む女にはなれない。モテない自分は女としてダメだな』と思っていたので、その教授の言葉で、改めて女の生き方について考えさせられました。女坂は個人的な想い入れもあって、私には特別な場所ですね」


■僧侶が鬼に変身して闘った伝説の地


――続いては、どちらを。


花房観音
「京都と滋賀県にまたがる天台宗総本山で、京都の鬼門である北東を守る『比叡山延暦寺』を。京都には非日常を求めてやってくる観光客が多いのですが、実際は人出も多いし、街も意外とごみごみしていて、望むような非日常的な感覚はなかなか味わえないんですよ。その点ここは、まさに非日常であり異界。空気が澄みきっていて、時間の流れが止まっている。それを肌で感じます。『魔所』とも呼ばれ、実際、ここで奇妙な経験をした人も多いんです。地図の通りに自動車で向かっているのに、何度も何度も同じところに戻ってしまってたどり着けないとか。かつてここにあったお化け屋敷に『本物が出る』と噂になり、心霊スポットとしても知られることとなりました。この本にも書いていますが、私自身も不思議な体験をしました」



▲比叡山四大魔所のひとつと呼ばれる元三大師堂の御廟(みびょう)(元三大師のお墓)。魔所と聞けば怖い場所かと思いがちだが現代でいうパワースポットにあたる。ちなみにこのお墓は位置的には滋賀県になる



▲元三大師(良源大僧正)は高い霊力で鬼に変身し、疫病神を退散させたとされる


――ツノがはえたキャラクターがいますね。これはなんですか?


花房観音
「これは角大師(つのだいし)という鬼です。延暦寺にはかつて元三大師良源(がんさんだいしりょうげん)という高僧がいました。とても美形な方だったそうです。また、延暦寺の経済的基盤を支え、おみくじを発明した人だともいわれています。そしてこの元三大師良源が、角大師という鬼に変身して疫病神と闘ったという言い伝えがあるんです。お坊さんが鬼に変身して敵と戦うって単純にカッコよくないですか?」


――仮面ライダー響鬼みたいですね。


花房観音
「疫病神と闘ったという伝説が今に伝わり、角大師の像が描かれたお札を貼ると厄払いの効果があると言われています。私も手帳にお札をはさんでいるんですよ」


■わずか6年前まで遊郭が並んでいた街


――では、最後にひとつ。


花房観音
「やはり『五条楽園』です。河原町五条の南東にある街で、高瀬川に沿って、古い建築物がいまも数多く並んでいます。春は桜、梅雨時は紫陽花など季節の花々が本当にきれいで、大好きな場所です。実はここは江戸時代からごく最近まで女性たちが春をひさいでいた遊郭街でした(2010年に京都府警によりお茶屋と置屋の統括責任者、経営者ら5人が売春防止法違反容疑で逮捕されるまで遊廓街だったとされる)。そのため足を踏み入れる人は少なく、京都駅からそれほど離れていない一等地にもかかわらず、最近までここの存在を知らない京都人もいたほどです。現在はかつて遊郭だった建物を使った手作り雑貨の工房や飲食店ができはじめています。この街のことは『楽園』という小説にもしました(2017年1月、中央公論社新社にて文庫化予定)」



▲旧・五条楽園を流れる高瀬川。いまでこそ女性誌がレトロな散歩道として紹介しているが、わずか6年前まで樹々の向こう側に遊郭が並んでいた


――遊郭という見えない結界が張られた場所だったからか、レトロな建物が信じられないほど良好な状態で遺っていますね。


花房観音
「足を踏み入れた瞬間に空気の違いを感じます。妻や恋人では満たされない名前のない男たちと偽りの名の女たちが肌を合わせる場所でした。どうしようもない人間の欲望、男と女の情念を凝縮した街なんです。世間ではいけないこととされているけれど、私は人のにおいのするところだと思っていて、愛してしまう。そしてこの街について考え、調べてしまうんですよね」


この本には、太古の昔から現代までの、許されなかったり、結ばれなかったり、お金でしかつながれなかったり、秘せざるをえなかった男と女の物語がふんだんに登場します。

悲恋にまつわる伝説がこれほど多い都道府県は、京都だけではないでしょうか。
高瀬川をせせらぐ清らかな水も、涙でできているのではないかと思うほどに。

そういった先人たちが切ない想いをした場所を自分も訪ね、我が身を振り返り、しばしインナートリップにひたってみる。
それは、晩秋という季節が味方をしてくれる今だから味わえる、苦みの効いた旅なのかも。

『愛欲と情念の京都案内』は縦に長い新書なので、ポケットにすっぽりおさまるサイズ。
ぜひ、ゆるくてかわいいだけではない京都観光のお供に。



花房観音(はなぶさ・かんのん)
1971年、兵庫県出身。京都女子大学文学部中退後、映画館、旅行会社勤務を経て2010年第一回団鬼六賞を「花祀り」(幻冬舎文庫)にて受賞しデビュー。京都観光文化検定2級を所持する現役のバスガイドでもある。「好色入道」(実業之日本社)、「愛の宿」(文藝春秋)、「花びらめくり」(新潮文庫)、「情人」(幻冬舎)などをはじめ、性愛、ホラー、ミステリー、時代小説等様々なジャンルを執筆。著書多数。

URL■ http://hanabusa-kannon.com/



「愛欲と情念の京都案内」 花房観音 著
ISBN 978-4-569-83456-6
PHP研究所
950円(+消費税)
URL■ http://www.php.co.jp/books/detail.php?isbn=978-4-569-83456-6



(吉村智樹)