1000個もの”きのこコレクション”があるドイツ菓子店「フラウピルツ」がスゴかった!

2016/10/31 19:00 吉村智樹 吉村智樹





▲意外なところに、きのこの密生地がありました。それは、あるドイツ菓子の専門店



「きのこのコレクションですか? 1000はあるんじゃないかな

菓子職人である女性店長さんは、こう言いました。

せ、1000も! それはすごい。


こんにちは。
関西ローカル番組を手がける放送作家の吉村智樹です。
ここでは毎回、僕が住む京都から、穴場な情報をお伝えしております。


さて、秋も次第に深まり、京都はもうすぐ紅葉で彩られるシーズンを迎えます。
そして、秋の味覚の代表といえば、やっぱり「きのこ」。
旬菜を扱う高級青果店の軒先には、たおやかな姿をしたマツタケをはじめ、野趣にあふれたさまざまな京きのこが並び始めています。


そんな京都にはもう一軒、「きのこでいっぱいの店」があるという噂が。
しかもそれは料亭でもレストランでもなく、意外にも洋菓子店


もしや、チョコレートや甘いソースでコーテイングしたきのこを売る店?
それとも、きのこが自生してしまうほど、ぼろっちい掘っ立て小屋の店?


好奇心が傘を広げた僕は、さっそくそのお店を訪ねました。
たどり着いた場所は「一乗寺」。


一乗寺は最寄りの鉄道機関が路面電車のみという、閑静でのんびりしたムードの街。

されど芸術系の大学が近いためか、つぶさに見ていると、先鋭的な品ぞろえを誇る書店や、尖ったセンスの雑貨店、選曲に命を懸けるカフェなどが見え隠れし、実は「京都サブカルチャーの聖地」とも称される街なのです(この頃はラーメン激戦区としても熱い視線が注がれています)。


噂の「きのこの店」は、そんな地味ながら侮れない一乗寺の、さらに喧騒から離れた山手の坂の上にあります。


あ、ここだ。
(ドイツ語で)ドイツ菓子とカフェ「フラウピルツ/Frau Pilz」





ここに違いありません。
だって看板がいきなり、きのこ!



▲地面にもたくさんのきのこ



▲玄関先の植え込みにもきのこ


そしてドアを開けると、おお……こ、これは、すごい。



▲ランプもきのこ型



▲目が慣れてくると次第に、あちこちにきのこがあるのが見えてくる



▲きのこがびっしりディスプレイされた棚



▲「毒きのこによる食中毒に注意」の貼り紙



▲レジの隣には真っ赤なきのこの編みぐるみ



▲焼き菓子もきのこのかたち



▲焼き菓子もきのこのかたち。その2



▲フェルトのきのこ雑貨



▲見上げれば、見上げたところにきのこが


きのこの編みぐるみ、きのこの陶芸作品、金工作品、木にフェルトに布に図鑑に絵本にポストカードと、きのこきのこきのこのこのこのこ。
おびただしい数の、色とりどりなきのこのオブジェが、窓際に壁に棚に天井に、お店のいたるところから、にょっきにょき生えています。



▲絵本に図鑑、きのこエッセイなど関連図書も充実



▲ポストカードや切手も。きのこ友だちに出そう!



▲造形作家による金属製のきのこのオブジェも販売



▲こちらは陶芸作品



▲きのこのエコバッグ


これはもう、洋菓子店と合体した、きのこミュージアム。
なんて楽しく、そして軽い胸騒ぎをおぼえるサイケデリックスペースなのでしょう。
ヨーロッパの古い絵本に飛び込んだような、夢幻のファンタジーに包まれています。


そしてこの方が、ドイツ菓子「フラウピルツ/Frau Pilz」の店主であり、コンディトリン(ドイツ語で女性菓子職人の意味)の宮下あゆみこさん



▲ドイツ菓子「フラウピルツ」のコンディトリン(女性菓子職)、宮下あゆみこさん


ここ「フラウピルツ」は、宮下さんをはじめ、高校時代からの同級生である荒島智子さんら女性スタッフのみ、言わば珍しいキノコ製菓団で営まれています。


宮下さんのお歳は永遠の14歳。
店名の「フラウピルツ」とはドイツ語で「きのこ婦人」
ヘアスタイルもきのこ型に仕上げ、自らきのこ婦人となり、身をもってきのこ愛を表現していらっしゃいます。


宮下さん、こちらには、どれくらいの数の“きのこコレクション”があるのですか?


宮下
1000くらいはあると思います(隣の荒島さんから『もっとあるよー』の声が)。ドイツにいた頃に蚤の市で買ったものが多いですね。コレクションのすべては並べきれないので、段ボールに詰めて、入れ替えながら陳列しています。コレクションは増えているのかですか? きのこが好きなのでコレクションは増える一方なので、最近はピンときたやつだけ買うように自制しています」


おお! ということは、来店する時期によって、きのこのディスプレイも変化するんですね。
本当に森のなかではえるきのこみたいで、さらに愉しいです。
さらにさらに、きのこの蒐集品の博物館はほかにはないので、とても貴重な存在であると思います。


そんな「フラウピルツ」は、年間を通じ、およそ50種類のドイツ菓子を手作りしています。
精製しきっていない沖縄の茶色な砂糖を使い、たまごは化学飼料を使わないで育てた鶏のものを使うなど、素材も吟味。
クリスマスソングが街に流れる季節に焼きはじめるシュトーレンは、「ここが京都一のおいしさだ」と太鼓判を押す食通も。



▲トリュフのようなかたちの「トリュフェルタルトヒェン」(420円 税別)。チョコレートバタークリームのケーキをマジパンとチョコレートでくるみ、洋酒を効かせた大人の味。そしてここにも、きのこの意匠をあしらっています



▲きのこのアイシングクッキー「グリュックスピルツ」(幸運のきのこ)製作中。生地には香辛料を効かせ、ひと味違う仕上がりに



▲しっかり、きのこにしてゆきます


そしてこの「フラウピルツ」はテイクアウトだけではなく店内にはイートインスペースがあり、オリジナル焙煎のコーヒーなどとともにお菓子を賞味することができます。


宮下
ビールもあるんですよ。ドイツのカフェではお菓子とともにビールやワインを飲むことが普通なんです。特に、無農薬レモンを漬けたレモネードをビールで割った『ラートラー』は、さわやかな味でおすすめです。ドイツで一般的に親しまれている飲み方なんですよ」


ビールと甘いお菓子、ですか?
合うのだろうか……。



▲イートインスペースでビールがいただけるのがありがたい。無農薬レモンを漬けたレモネードを冷えたドイツビールで割った『ラートラー』(600円 税別)。爽快な甘みと苦みがたまらない。


このように、京都の一隅で、きのことドイツの、素敵で、そしてかなり不思議なコラボが楽しめるのです。


焼き菓子を中心にドイツ菓子を作り続ける宮下さんは、かつて金閣寺の近くにあった今はなきドイツ菓子と総菜の名店「グリュックス・シュバイン」に6年半勤めたのち、ドイツへ渡り、本場で3年半修業をしたという凄腕の菓子職人。


京都はスイーツの店がとても多いですが、ドイツ菓子の店は少ない。
女性のドイツ菓子職人はたいへん珍しいのです。
なぜ、ドイツ菓子だったのですか?


宮下
「幼い頃からお菓子を食べるのも作るのも好きだったんですが、とはいえ、ふわふわきらきらした『女子力が高い』お菓子は苦手だったんです。そんな私がたどり着いたのがドイツ菓子でした。飾り付けもあまりないし、素朴すぎるかも。でもトッピングではなく生地の味そのものがおいしい。たとえばシュークリームやエクレアの皮は薄めで柔らかいのがいいとされていますが、ドイツ菓子のそれは、しっかり焼いて、がつっと生地を味わう感じ。そういう“縁の下の力持ち”なところに魅力を感じたんです」



▲たくましき皮に包まれたシュークリーム「ヴィンドボイテル」(370円 税別)。食べていると現れるダークチェリーがサプライズ



▲天然木の樹皮を思わせるエクレア(390円)。かじりつきたい!


ふむ。
ドイツ菓子の魅力は、“縁の下の力持ち”という点にあったのですね。


宮下
「ドイツで修業をして、さらにそれを確信しました。ドイツ菓子って流行に左右されないんです。昔からあるレシピを大事にし、それを誇りにしている。『そういう姿勢でもいいんや。流行に左右されず、お客さんの要望だけではなく 守りたいものは守っていいんやな』って。ドイツ菓子のそういうところが好きですね」


確かに、エクレアをはじめ宮下さんが作るさまざまなお菓子をいただきましたが、生地を噛みしめるたびに滋味深い抑えた甘みがじんわりと沁み広がる、武骨だけど愛おしい、いぶし銀で枯淡なおいしさがありました。
ビールと合うというのも、はじめは「ほんま?」と思っていましたが、この頼もしい生地ならばわかります。


そんな宮下さんが、きのこにハマったきっかけはなんですか?


宮下
「(現スタッフの)荒島さんに誘ってもらってフィンランドを旅行した時、ちょうど8月の終わりで、あちこちにきのこが生えていたんです。きのこのシーズンだったんですね。森のコテージもきのこだらけ。コテージのおばさんに“食べられるor食べられない”を分けてもらって きのこ大宴会をしたのが素晴らしい体験だったんです。きのこって、森の掃除屋さんなんです。朽ちた樹木を分解してゆく、縁の下の力持ち。なくてはならない存在で、ドイツ菓子に通じるものがあったんです」


やはり宮下さんが心惹かれるポイントは「縁の下の力持ち」なんですね。
納得です。
こちらのお菓子は、決して華美ではないけれど、心許せる友人と深めに語りたいひとときをアシストしてくれるような、縁の下の力持ちな味ですもの。


それにしても「ドイツ菓子ときのこ」、ミスマッチに思えたこの組み合わせに共通点があったとは意外でした。


宮下
「私もあとで気がついたんです。このお店を開くときも、はじめはきのこを飾ろうとは考えていなかった。でも主人が『ドイツではベニテングダケ(鮮やかな赤色のきのこ)が幸福のシンボルとして愛されている。ドイツ菓子の店にきのこって似合うんじゃないか?』とアドバイスされて」



▲幸運のシンボルであるベニテングダケのキャラクターもいます


今日はたくさんの“きのこコレクション”を鑑賞し、しみじみとおいしいドイツ菓子をいただき、楽しく、なるほど幸福に満ちた昼下がりを過ごしました。


最後に気になることがひとつ。「材料にきのこが入ったドイツ菓子」は、おつくりにならないのですか?


宮下
「残念ながら、それはないんです。過去にチャレンジしたことはあったんですが、どうしても、きのこの“うま味”が出すぎてしまって。お菓子にならないんです。でも、いつか成功させたい。今後の課題ですね


それは楽しみです。
エクレアの皮を開いたら、縁起のよいベニテングダケが横たわっている、いつかそんな新作がお目見えするかもしれませんね(そんなん作りはらへんやろ)。



▲お客さんからよく「これまできのこに特に興味がなかったけど、この店に来るようになってから、街できのこのかたちのものを探すようになったわ」と言われます。そのたびに「しめしめ。またひとり、きのこ好きが増えたぞ」って思っちゃうんです(笑)


名称●ドイツ菓子「フラウピルツ」(Frau Pilz)
住所●京都府京都市左京区一乗寺樋ノ口町19-6
営業時間●11:00~18:00
定休日●日曜・月曜(毎月第3日曜日は営業)不定休
電話番号●075-712-7517
URL●http://fraupilz.to/



(吉村智樹)