『これ本当に日本?』と驚く昭和30年代の日常まとめ1

2014/8/27 21:40 服部淳 服部淳


どうも、服部です。昭和30年代を舞台にした、2005年上映の映画「ALWAYS 三丁目の夕日」や、その続編で2007年上映の「ALWAYS 続・三丁目の夕日」を観て、「いい時代だったんだな~」なんて思った方も多いんじゃないでしょうか。一方で、「『あの頃はよかった』は全部ウソ!」というキャッチコピーが付いた、2012年発行の「ALWAYS 地獄の三丁目 本当は怖い昭和30年代」という本が出版されていたりします。



実際にはどんな時代だったんでしょうか。残念ながら著者はそのころにはまだ存在していませんので、YouTubeで動画を探してみました。すると……、あったあったありました、結構アップされているもんですね。ということで、今回はニュース映像にみる、昭和30年代の日常をまとめてみました(それにしても、昔のニュース映像の音楽って、なんかオドロオドロシいですよね)。



●死の覚悟が必要そうな通勤列車(昭和35年)

まずは電車での通勤・通学風景から。高崎発の上野行きということから、現在の「JR高崎線」かと思われます。駅名は分かりませんが、すでに乗客がたくさん乗っているので、埼玉県あたりでしょうか?

「近郊の町を出て東京に向かう列車も、人々であふれかえっていました」というナレーションに続いて映し出されるのは……。






電車にぶら下がる乗客たちの姿。ホントに人があふれちゃてます。インドやインドネシアの電車でこういう光景を見たことがありますが、日本もかつてはこんな状態で走行していたんですね。


いちおう「乗車禁止」とは書かれてますが、お構いなし。


画像が見にくいですが、油断すると線路脇の電柱にぶつかってしまいそうです。

慣れればなんとも思わなくなるのかもしれませんが、みんな平然と乗っているのが驚きです。



●道路事情も酷かった(昭和30年)

鉄道に続いては、道路事情です。


東京都心部の道路はすでに立派になっていますが……。




国道1号線を下って箱根あたりまで来ると、未舗装のデコボコ道路です。


なぜか道路に大きな段差があり、お婆さんが大変そうに這い上がっています。




続いては、新潟県を流れる阿賀野川に架かる「阿賀野川橋」です。
ナレーションいわく「おっそろしいほどの壊れ方」のため……、


バスの乗客たちはみんな降りて、徒歩で橋を渡っています。乗客が降りたとはいえ、バスを運転して橋を渡らなくてはならない運転手さんは命懸けです。




こちらは、奈良県五條市の「できたばかり」の県道です。なんと、すれ違いができないほどに道幅が狭く、対向車が来るとバックして戻らなくてはならないこともあるようです。なんということでしょう。



東京と新潟を結ぶ国道17号線の「三国峠」に至っては……。








昔ながらの山道のままです。車はとても通れそうにありませんね。



●恐ろしすぎる、「神風タクシー」「神風トラック」事情(昭和33年)



この当時の東京は、4分に1人の交通事故犠牲者が出ていたのだそうで……。


その一因になっていたのが、速度超過で走り、センターラインを越えて追い抜いていく「神風タクシー」と呼ばれていた運転の荒いタクシーたち。


もちろん、警察も野放しにしているわけではなく。

捕まれば運転手は自腹で罰金を払わなくてはならないのだそう。なぜ危険を冒し、罰金覚悟で「神風タクシー」をしなくてはならないのかというと……。





「稼ぎまくらないとクビになる」から、なんだそうです。ものすごくブラックですね。


なので、競馬場で客待ちをしては、他の運転手と競うようにお客を勧誘。お客を単独では乗せずに、同じ方向へ行く客を集めて乗り合いタクシーのようです。終電が終わった後の「白タク」みたいな感じでしょうか。


一日の仕事を終えると、運転手たちは営業所に戻り、売上金を全額渡します。1万円からのノルマを超えられない場合には、大目玉を食らうそうです。当時の1万円って、かなりの額です(昭和35年の公務員初任給が1万2900円)。現在の価値で20万円ぐらいになるのでしょうか。

動画の音声をよく聞いてみると、「人の半分もできないんじゃ、お前しょうがないじゃないか」「ホント頭悪くてしょうがねえんだ、できねえんだから」などと叱責されています。

著者には、とても務まりそうにないです。


仕事が終わると「深夜喫茶」で仲間と愚痴を言い合い、ついにはそのまま寝入ってしまうのだそうです。ハードだ、ハードすぎる。




「神風タクシー」に続いては、「神風トラック」です。神奈川県の厚木街道を時速70キロで暴走していくトラックやダンプカーを取り上げています。


警察は、この「危険トラック」をこの年(昭和33年)の6月から取り締りはじめ……。
たとえば、こちらのトラックは最大搭載量5トンのところ10トンも積んでいました。ブレーキはちゃんと利くんでしょうか。


運転手たちも生活のために必死です。取り締りの情報を聞けば、後戻りしたりコースを変えたり……。警察とのイタチごっこです。


近隣住人にしてみれば迷惑千万です。ひっきりなしにトラックが走ってきては、道路の横断もできないですし、


牛車を引いたおじさんも、うんざり気味です。


細い道にも猛スピードで入ってきます。


1日3往復のノルマをこなすためには、踏切だって止まりません。「神風タクシー」にしろ、「神風トラック」にしろ、結局は厳しすぎるノルマが原因なんですね。



いかがでしたか? 交通事情に関してだけいえば、昭和30年代は良い時代ではなかったかもしれません。

次回は昭和30年代の住宅事情、治安、衛生面について書きたいと思います。

(服部淳@編集ライター、脚本家)



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