大切な人とのお別れほど悲しいものはありません。

しかし、ときにそれは避けがたいこと…。

そんなとき、ただ悲しみに暮れるのではなく、大切な人のためにできることはないでしょうか。

かけがえのない命と向き合うためにも、「そのとき」のことを考えてみたいと思います。

やさしい音や言葉で送ってあげたい

医師が「死亡」と診断するのは、心臓と肺の機能が停止し、瞳孔の散大が確認されたとき。

呼吸が止まると脳に血液が送られなくなって脳の機能も停止し、「お別れのとき」を迎えることになるのです。

大切な家族との別離を前にすれば誰しも悲しみに暮れるものですが、多くの患者さんとの別れに立ち会ってきた神津内科クリニックの神津仁先生は「亡くなった人には、やさしい言葉をかけて見送ってあげてほしい」と話します。

神経内科を専門とする神津先生は、在宅医療にも力を注ぎ、自宅で最期を迎えたいという末期がんなどの患者さんのターミナルケア(終末期医療)を実践し、安らかな最期を何度も看取ってきました。

「事故や疾患の状態によっては苦しみが続くこともありますが、亡くなる前には脳内モルヒネと呼ばれる物質が分泌され、苦しみを感じないとされています。

また、心肺機能が完全に停止してからも脳幹電位と呼ばれる電気刺激は2、3時間残ると言われていて、死亡確認後も聴覚への刺激が伝わるという研究があります。

だからといって言葉として伝わるわけではないのでしょうが、しばらくは亡くなった方の側に寄り添い、やさしい言葉をかけてあげてほしいとご家族にも話しています」

言葉がけに表情が変わった気も

神津先生のお父さんが旅先で突然倒れそのまま亡くなったときも、急いで駆けつけた神津先生は亡くなったお父さんの耳元に声をかけたそうです。

「父の心肺停止から2時間くらいが経っていたと思いますが、耳元で『迎えに来たよ』と声をかけたら、少し顔をゆがめたように見えました。

自分にはそう見えただけかもしれませんし、実際に聞こえるかどうかもわかりませんが、亡くなる人に気持ちのいい音や感覚が伝わっていればいいなと思うのです」

安らかな最期のためにどう過ごすか

現在は病院で亡くなる人がほとんどですが、神津先生は自宅の落ちついた環境にいることで痛みや苦しみから解放され、安らかに最期のときを迎えた患者さんをたくさん看取ってきました。

「病院にいるときは強い麻薬を使っても効かないほどの強い痛みがあったのに、自宅に帰ったところ痛みや苦しみが軽減され、穏やかに過ごされた末期がんの患者さんを何人も知っています。

亡くなった瞬間もそうですが、最期までの日々をどこでどのように過ごすかも含め、安らかな死というものを考えています」

安らかな死を考えることは、医療や病気との向き合い方や生き方を考えることにもつながります。

大切な人と過ごすことのできる限られた時間をどのように過ごし、どうやって見送るのか。自分のこととして考えるきっかけになればと考えています。

(編集・制作:いまトピママ)


神津 仁(こうづ・ひとし)

【お話を伺った人】神津 仁(こうづ・ひとし)

神津内科クリニック。1977年日本大学医学部卒業。同大学医学部神経学教室、同大学付属板橋病院神経内科医長などを経て、88年から90年までアメリカ留学。帰国後、佐々木病院内科部長を勤めた後、1993年に神津内科クリニックを開業。世田谷区医師会内科医会会長、昭和大学医学部客員教授、日本プライマリ・ケア連合学会評議員。著書は『鏡としての医師』(現代医学出版)、『医療再生はこの病院・地域に学べ!』(洋泉社)など。