2019/12/16 14:30

コーヒーが〇〇帝国を崩壊させた・・・

コーヒー

コーヒーがオスマン帝国に入って来たのは16世紀前半ごろ、当時、新しい飲み物を巡っては、帝国内で賛否が分かれており。イスラム教の経典には刺激の強い飲み物はアルコールと同様に抵抗感があったとされていた。それでも、1555年に最初のKahve Khāne(コーヒーハウス)がイスタンブールに開かれると、コーヒーは帝国全土へと広がっていったようです。

コーヒーハウスは単にコーヒーを飲む場所でなく、男性らの社交や情報交換、さらには教育の場でもありました。字が読める知識人がコーヒーハウスで読み上げるニュースの中には、政治批判、宮廷で渦巻く陰謀、戦争のうわさなどが含まれており、字が読めない大勢の民衆がそれに耳を傾けていたとされていま↓。

コーヒーハウスには時の権力者らも一目を置いており、世論調査のためにコーヒーハウスにスパイを送りこむスルタンや、ムラト4世のようにコーヒーハウスの弾圧を行った為政者もいたそうです。

そうして19世紀に入り、オスマン帝国全土で民主主義運動が沸き起こると、コーヒーハウスは一層重要な場所に。コーヒーを煮出す鍋がまさに地獄の門を開く一因に要因に、帝国の終わりを早めるもの担ったのです。

ライブドアニュースが伝えています。

オスマン帝国崩壊の一因はコーヒー? 民主主義運動に一役買ったか - ライブドアニュースオスマン帝国崩壊の一因はコーヒー? 民主主義運動に一役買ったか - ライブドアニュース

編集者:いまトピ編集部