大泉洋が主演する映画が話題。『騙し絵の牙』にあなたもきっと騙される

2021/3/23 18:20 吉村智樹 吉村智樹




こんにちは。
ライター・放送作家の吉村智樹です。


おススメの本を紹介する、この連載。
第43回目は、大泉洋さんが主演した話題の映画『騙(だま)し絵の牙』の原作本です。





■大泉洋が演じる「雑誌を愛する編集者」の正体は?


2021年3月26日(金)から話題の映画が公開されます。それが『騙し絵の牙』大泉洋さん主演による、出版界の危機と激動を描いた社会派作品です。


(C)2021「騙し絵の牙」製作委員会


この映画の原作本が、塩田武士さん著の同名小説『騙し絵の牙』(角川文庫)。塩田さんは小栗旬×星野源の初共演が話題となった映画『罪の声』の原作者でもあります。ほかテレビドラマ『盤上のアルファ〜約束の将棋〜』『歪んだ波紋』など、いま作品がもっとも映像化される小説家です。

しかもこの『騙し絵の牙』、映画の主演は大泉洋さんですが、そもそも原作自体が大泉洋さんをイメージして書かれているのが画期的。実際の俳優を「あてがき」した極めて珍しい小説なんです。





大泉さんが演じるのは大手出版社「薫風(くんぷう)社」の雑誌編集長。カルチャー誌「トリニティ」編集長・速水(大泉洋)は「人たらし」と呼ばれるほど人望があつい。部下に慕われ、社内で彼を尊敬する者も多い。そして速水は小説を愛し、作家たちを守るため日々尽力しています。


しかし出版不況の波にもまれる薫風社では、創業一族の社長が急逝し、次期社長の座をめぐって権力争いが勃発。そんななか売れない雑誌は次々と廃刊のピンチに陥るのです。速水は人望があるがゆえに無理難題を押し付けられ、窮地に立たされてしまいます。


「文字離れ」「雑誌離れ」が叫ばれる昨今。雑誌を取り巻くクリエイターたちは路頭に迷います。特に小説家は発表の場を奪われ続けています。大泉洋さん演じる速水は果たして、雑誌の休刊を回避し、作家たちを守ることができるのでしょうか。この映画は「雑誌」「文藝」という文化を愛する者たちによる、言わば令和の自由民権運動なのです。


……だと思って読んでいたんです、途中までは。


■マジで!? 読者はいつしか「騙し絵」に取り込まれる


しかし「一筋縄ではいかない」のが塩田節。あれれ? 紙媒体の雑誌にこだわり続けた一途な編集者……だと信じ込まされていたあの人が、まさか! ダサいけど味があるおとぼけ編集者だと思っていたあの人が、まさか! 体制にも媚びずクールに仕事をするイメージだったあの人が……まさか! まさか! 読み進めるうち登場人物の印象が変わり始めます。読者は次第に「騙し絵」の絵巻に、くるくると巻き取られてしまうのです。



(C)2021「騙し絵の牙」製作委員会


「ひっくり返り」の大きなポイントとなるのが経営陣と労働組合の対決シーン。新社長の態勢となり、不採算部門の雑誌を切り捨てようとする出版社と、文芸や文化を愛するがゆえに雑誌の存続を主張する編集者たち。金儲け主義者と文士たちとの熱い闘い、旧来なら「正義vs.悪」として描かれるでしょう


ところが塩田さんは、そんなふうに単純には描かない。紙媒体の必要性を主張する編集者の気持ちはわかるが、あくまで理想。経営側のおこないは至極もっとも。言わばこのシーンは対決のかたちをとった両論併記でした。


さらに単なる対立ではなく、休刊や廃刊を回避すべく「Webへ移行する」第3の譲渡案もたちあがり、読者の気持ちは「あれ?」「5対5じゃない?」「いや、6対4で経営者側の方に理があるかも……」「小説だけがそんなに偉いの?」と次第に裏返りはじめます。牙をむけるべきはどちらなのか、迷いはじめます。このフライパンのホットケーキをひっくり返すがごとき裏切り展開、これこそが塩田小説の醍醐味なのです。


■小説の出来事が現実に。恐るべき塩田小説の先見性


もうひとつ、この『騙し絵の牙』には大きな魅力があります。それは小説に描かれたできごとが、その後に現実になっている点


単行本版『騙し絵の牙』が発売されたのが2017年8月。ヘイト記事の掲載により、新潮社が35年以上もの歴史をたたえた雑誌『新潮45』「限りなく廃刊に近い休刊」というかたちに処したのが2018年9月。ほぼ1年後にピタリと一致。著者の塩田さんが、まるでこの新潮45事件を予見していたかのようです。


さらに紙媒体のなかでも比較的盤石なイメージがあった「東京ウォーカー」が2020年5月に休刊。全国の情報を配信するWebメディア「ウオーカープラス」に収束されました。東京ウォーカーのみならず、メジャー雑誌のWeb化は後を絶ちません


実際のできごとをモデルにした小説は、よくあります。けれども塩田さんの場合、まるで小説をもとにしたかのように、あとになって同じような事件が起きるのです


そういえばアニメ業界の波乱を描いた塩田さんの新刊『デルタの羊』では声優のスキャンダルがまな板にあがります。そして塩田さんが『デルタの羊』を書き終えたあと、本当に声優スキャンダル報道砲がたびたび炸裂することとなりました。このようの塩田さんの小説の多くには「近未来の事実」が書かれているのです。


2017年の小説ではありますが、そういう点で当時よりも、いま読んだ方がヴィヴィッドにおもしろさが伝わるかも


塩田さんの小説はよく「あまりにもリアル。フィクションとノンフィクションの境目がわからなくなる」と評されます。塩田さんは以前にインタビュー記事で「徹底的に取材をし、取材メモを読み返しているうちに、未来がどうなるかが見えてくる」といった主旨の発言をしていました。


そのときそのとき起きた出来事を、いちいち脊髄反射しない。頭の中で冷静に両論を併記してみる。並べながらじっくりと考えてみる。するとじょじょに「この先はどうなるのか」「来年はどうなるのか」「未来はどうなるのか」が見えてくる。それが「騙し絵」を踏まないコツなのだと、この本は教えてくれるのです。



(C)2021「騙し絵の牙」製作委員会


「伏線回収の魔術師」と謳われる塩田武士さん。いたるところに仕掛けられたトラップに、あなたもハマるはず。人間の裏と表を描き、爽快な反転劇で読者をアッと驚かせる『騙し絵の牙』。裏と表がある人たちを、だからいいんだ、どちらもひとりの人間なんだと肯定してくれる『騙し絵の牙』。「全員ウソをついている!」とキャッチコピーがついた映画版『騙し絵の牙』3月26日(金)公開。書籍を読んだ読者すら裏切る映画版オリジナルのどんでん返しがあるのだそう。僕も喜んで騙されてみようと思います。



騙し絵の牙
著者 塩田 武士
写真 大泉 洋
定価: 792円(本体720円+税)
角川文庫

吉田大八監督で映画化&累計24万部突破! 2018年本屋大賞ランクイン作
■累計発行部数24万部突破!
■豪華キャストで2021年3月26日(金)映画公開!
監督:吉田大八 キャスト:大泉洋、松岡茉優、佐藤浩市ほか
■2018年本屋大賞ランクイン。前代未聞の小説が文庫化。文庫解説は大泉洋。

『罪の声』の著者・塩田武士が、俳優・大泉洋を主人公に「あてがき」。
圧倒されるほどリアルな筆致で出版界の<光と闇>を描く!&「速水=大泉洋」が表紙&扉ページの写真を飾る!

主人公は出版大手の「薫風社」で、カルチャー誌「トリニティ」の編集長を務める速水輝也。
中間管理職でもある40代半ばの彼は、周囲の緊張をほぐす笑顔とユーモア、コミュニケーション能力の持ち主で、同期いわく「天性の人たらし」だ。
ある夜、きな臭い上司・相沢から廃刊の可能性を突きつけられ、黒字化のための新企画を探る。
大物作家の大型連載、映像化、奇抜な企業タイアップ。
雑誌と小説を守るべく、アイデアと交渉術で奔走する一方、巻き込まれていく社内政争、部下の不仲と同期の不穏な動き、妻子と開きつつある距離……。

交錯する画策、邪推、疑惑。
次々に降りかかる試練に翻弄されながらも、それでも速水はひょうひょうとした「笑顔」をみせる。
しかしそれはどこまでが演技で、どこからが素顔なのか?
やがて、図地反転のサプライズが発動する。
出版業界の現状と未来を限りなくリアルに描いた群像小説は、ラストに牙を剥く!

出版界の未来に新たな可能性を投じる「企画」で、各メディアで話題沸騰! 
吉田大八監督で2021年3月26日(金)映画公開!!
https://www.kadokawa.co.jp/product/321905000408/

映画『騙し絵の牙』
https://movies.shochiku.co.jp/damashienokiba/








吉村智樹