ヘンな名前の高級食パン店が急増! 「『考えた人すごいわ』を考えたすごい人」仕掛人はどんな人?

2021/2/17 11:00 吉村智樹 吉村智樹




こんにちは。
ライター・放送作家の吉村智樹です。


おススメの新刊を紹介する、この連載。
第39冊目「考えた人すごいわ」「うん間違いないっ!」「これ半端ないって!」「ねえぇほっとけないよ」など、街に増え続ける謎の高級食パン店仕掛人が登場。ヒットの秘訣を教えてくれる「『考えた人すごいわ』を考えたすごい人」です。





■なぜ? 街に増え続ける「ヘンな名前の食パン専門店」


あなた、うすうす気がついていませんか。
いま街にヘンな名前の高級食パン専門店が増殖している現象を


「考えた人すごいわ」
「許してちょんまげ」
「どんだけ自己中」
「生とサザンと完熟ボディ」
「夜にパオーン」
「あらやだ奥さん」
「わたし入籍します」
「やさしく無理して」
などなど、などなど。


これ、すべて高級食パン専門店の名前


北海道から九州沖縄まで、開業予定を含め現在200軒以上もの“謎の高級食パン店”が日本列島を席巻しています。独特すぎる言語感覚。正直に言って高級感とはかけ離れたヘンな名前。にもかかわらず謎の高級食パン店がいま大ヒットしているのです





■ヘンな食パン専門店は仕掛人も奇抜なキャラだった


ブームの仕掛け人は日本で唯一の肩書「ベーカリープロデューサー」を掲げる岸本拓也さん。テレビ番組「ガイアの夜明け」をはじめ、さまざまなメディアに成功者として登場する、時代の寵児です。ご存知の方も多いでしょう。


大きなカウボーイハットをかぶり、奇抜なカラーリングのファッションを身にまとった岸本さん。パンのようにふっくらした体型は、ひとたび目にすれば忘れられぬ強いインパクトを放ちます。岸本さんが出演すると「ガイアの夜明け」も「そういう名前の食パン屋さんなのかな」と思ってしまいます。


関係者の方ごめんなさい。白状します。日増しに街にふくれあがる「考えた人すごいわ」「パンダが笑ったら」「迷わずゾッコン」「君は食パンなんて食べない」、これら店名のセンスを、僕は苦手でした。わざと笑わそうとしている小賢しさ、やたらデカい明朝体のロゴデザイン、街の景観に乱調をきたす悪趣味な配色。どれも鼻についてしまって。店の名前「別格」「非常識」のとおり岸本さんの目立つキャラクターも出たがりみを感じ、ヒイてしまっていたのです。





けれども岸本さんが惜しげもなくサクセスの秘訣を披露した新刊「『考えた人すごいわ』を考えたすごい人」(CCCメディアハウス)を読み、印象が大きく変わりました。「ずいぶん誤解していたな」と謝りたい気持ちです。


■ヘンな店名に隠された「街を愛する気持ち」


まず、もっとも大きかった誤解は「フランチャイズではなかった」点。あのけったいなネーミングの高級食パン店の数々は、てっきり岸本さんが率いるフランチャイズ、あるいはチェーン店だと勘違いしていたんです。そうではなく一軒ごとに依頼を請けてイチからプロデュースしており、食材や味も店によって違うケースが多い事実は意外でした。


たとえば過疎化と高齢化が進む富山県の入善町(にゅうぜんまち)からの依頼を請けて開いた店は、シニア世代の活躍と雇用促進の想いを込めて「不思議なじいさん」と名づけられました。一軒一軒に、まさかそんな高尚な理念があるとは! 本を読むまで知りませんでしたよ。てっきり、ただフザケてるだけだとばかり。





■人はギャップを求めている


学生時代から「人を喜ばせたい」気持ちが強かった岸本さん。「電車の本数を増やす」を公約に掲げ、生徒会長に立候補。当選後は実際に鉄道会社へ陳情に行くほどの行動派でした。


大学卒業後はホテルマンとなり、ベーカリー部門に配属されます。ここでのマーケティング及び企画業務を担当したことで、岸本さんはパンが人を笑顔にする力に気がつくのです。


自分のベーカリーショップを開くために独立をした岸本さん。はじめはスタッフがスーツを着て接客するなどハイソサエティな雰囲気のブーランジュリーを展開していました。


それなりに成功していた岸本さん。しかし2017年、既成概念を粉砕される大きな出来事が起きます。それが「コッペパン」ブーム


これまで「ちょいダサい」と思われていたコッペパン。それなのにけっこうな値段がついても行列ができる。岸本さんはその光景に「人は単なる高級なだけではなくギャップを求めている」と気がつきます。そして、高級なものを高級な雰囲気で売る当たり前のスタイルからあえて「ハズす」、言わば「ダサくする」挑戦をし始めるのです。





■ヘンな名前の食パン店が街を活性化する


「ダサい店」と後ろ指をさされるなんて岸本さんは百も承知。そもそもダサいが狙いなんですから。そして、その狙いはヒットにつながっただけではなく、多くの人を救ってもいました


岸本さんが店舗をプロデュースする場合、店名のインパクトだけに頼らず、立地にこだわります。決めているのは、少々寂れ気味でも、できる限り大型ショッピングセンターから遠ざかった場所に店を開くこと。


辺鄙な街のほうが土地代や家賃が安い。でも、それだけが理由ではありません。岸本さんには個人商店が元気だった時代を蘇らせたい気持ちがあるのです。繁華街だけどチェーン店ばかりがひしめく街ではなく、看板を見て、お客さんが訪れる個人商店が元気な街をつくりたい。さびしかった街にヘンな食パン屋が生まれ、行列ができれば周囲の店や住む人も活気づく。そうすればさらに食パン屋へやってくる人も増える。岸本さんはヘンな食パン屋によって幸福が循環する街をつくろうとしていたのです。


そして人の流れを把握するために「オープンする場所を自転車でリサーチする」ポリシーにもハッとさせられました。確かに、自転車で移動する買い物客は多いです。そのためにも自転車の流れを事前に把握しておく行為は、とても大事。けれども、それをどれだけの経営者が実行しているか。ここは暗記パンで写し取ってでも憶えたいページです。


岸本さんは、周囲に田んぼや畑が広がる郊外の山あいにもガンガンに店を開きます。SNSで「こんな田舎に、こんなヘンな店があった」と投稿があいつぐのは、そのため(これがまたいい宣伝になる)。普通なら「駅がない街に店を開くなんて」と躊躇するもの。けれども郊外は、そもそも自動車移動が当たり前。生活が鉄道に依存しておらず、おかげで店から半径50キロまで商圏を広げられる。この考え方は目からウロコが落ちました。


食パンを求めて僻地へやってくる人が増えれば地域活性化にもつながります。「ヘンな名前の食パン屋さん」は、その奇抜なネーミングの力で地域貢献しているのです。しかも自身の店が軌道に乗り、お客さんが訪れる導線を確立できたならば、なんと地元企業に譲ってしまうのだそう。現在は鳥取と島根でヘンな食パン屋で地元を応援するプロジェクトを実践しています。


ほか、食パンの味は主張が強い、言わば熱唱型のディーバではなく、聴き飽きないaikoの曲を参考にしているという話にも驚きました。


いやあ、「考えた人すごいわ」を考えた人、やっぱりすごいわ!



「考えた人すごいわ」を考えたすごい人
岸本拓也 著
書籍:¥1600(税別)
電子書籍:¥1280(税別)
CCCメディアハウス

「ガイアの夜明け」「世界はほしいモノにあふれてる」 など テレビ出演多数!
日本全国に160店舗以上の奇想天外なベーカリーをプロデュースし、大成功させている著者の 「売れる仕組み」のつくり方。
「目を引くデザイン」 と 「老若男女から受け入れられる商品」 を軸とした、その成功例の根底には、 ゆるぎない哲学とマーケティング基盤があった!
http://books.cccmh.co.jp/list/detail/2447/



吉村智樹