女子刑務所の美容室を描いた漫画『塀の中の美容室』 レビュー、施術中に涙を流すお客さんも

2020/12/8 17:20吉村智樹吉村智樹




こんにちは。
ライター・放送作家の吉村智樹です。


おススメの新刊を紹介する、この連載。
第30冊目は、いま「思いっきり泣きたい」あなたに読んでほしい感動の新刊漫画『塀の中の美容室』です。





■美容師は受刑者。「女子刑務所の敷地内」にある美容室


早いもので、もう師走です。
「あ~、今年はしんどかった。キツかった~」「思いっきり泣いて泣いて、胸のつかえを洗い流してしまいたい」「うっとうしい髪を切るように、泣いてサッパリしたいな」


そんなあなたの歳末涙活にぴったりな漫画が発売されました。
それが『塀の中の美容室』(全一巻 著/小日向まるこ 原作/桜井美奈 小学館)。


「いま、もっとも泣ける漫画」と話題になっているこの新刊コミックスは、タイトル通り、舞台は美容室
しかし、立地が少し変わっています
その美容室は、塀の中、つまり「女子刑務所の敷地内」にあるのです


女子刑務所の塀の向こう側にある、女性専用の美容院。受刑者が「社会復帰に向けて職業訓練をするための施設」です。つまり、室内にいる美容師は受刑者。美容師の国家資格は一朝一夕では取得できません。すなわち、刑期が長い、重罪をおかした受刑者が実習する場合が多いのだそうです。





■主人公の美容師は凶悪事件で服役


凶悪事件の罪で服役する主人公・小松原 葉留(こまつばら はる)。彼女は再び社会の一員となる日を目指し、塀の中の美容室で一般客を施術しながら実践的な訓練を積みます。


そんな美容室にやってくるのは、週刊誌の記者や独居老人などなど、さまざまな境遇の人々。ときにはハサミを握る姿におびえられ、ときには高圧的な態度に出られるなど一種の社会的制裁を受けつつ、鏡越しにさまざまな女性の人生と向き合いながら罪を償います。


決して大仰にドラマチックにせず、淡々とした、繊細でやわらかな描写。静かな美容室でショキショキとハサミの音がリアルに聴こえてくるかのようです。大げさではないからこそ、どのエピソードもじーんわりと胸に沁みいります。





■実際にある「塀の中の美容室」


漫画『塀の中の美容室』はフィクションですが、岐阜の笠松刑務所内にある「みどり美容院」に取材協力を仰いでいます。このように本当に国内の刑務所の何か所かには「受刑者が社会復帰に向けて職業訓練をする美容訓練施設」があるのです(男性が理容師になるため訓練する施設もあります)。


ほぼ、どの美容室・理容室も予約すれば一般の方でも入室が可能。訓練施設なので料金が安価なのが特徴。お金は刑務所の受付で支払います。美容室ならばカットのみならずパーマもあてられます。ただし、スマホ、携帯電話の持ち込みができないなど、客側にも規則の順守が求められます


受刑者側にさまざまな人間模様があるように、髪を切りに訪れるお客さんも多種多様。わざわざ刑務所内にある美容室を選ぶ理由はまちまちです。実際に刑務所内の美容室を取材した知人ライターの話によると、誰しもが社会復帰を応援したい気持ちだけで訪れるわけではない、そんな現実があるようです。


たとえば「料金が安いから」「そこに美容室があったから」といった、刑務所内という立地にさほど関心がない(そのため偏見もない)人もいれば、「珍スポットを訪ねる感覚」「ミステリースポットを訪れる感覚」といった興味本位タイプの人も。なかには「客として優位に立ちたい」と、まるでうっぷん晴らしをするかのようにやってくる人もいるのだそう。





■刑務所の美容室で髪を切る理由。そこに痛切なドラマが


そしてもうひとつ、お客さんが刑務所内にある美容室をわざわざ選ぶ大きな理由があります。それは「髪を切る理由を知られたくないから」。塀の中の美容室は、美容・理容師とお客さんとの雑談が禁じられています。どちらからでも身の上などの質問をしてもいけません。施術は刑務官の立会いのもと、雑談がないか監視を受けながら執り行われます。会話は必要最小限。そのため双方のプライバシーが守られる。「だから、来る」という人も。


街のヘアサロンではなく、あえて刑務所内にある美容室を選ぶ人にも、またドラマがある。ときに「命」にたとえられる大切な髪。そんな命に匹敵する髪が伸びた時間に別れを告げ、髪にこめられた想い出を静かに切り落としにやってくる。そのような訳あり人も少なくはありません。髪をきれいにされているあいだ、涙を流すお客さんも少なくはないのだそう


今回紹介する漫画『塀の中の美容室』にも、つややかで美しいロングヘアの女性が、ある事情があって「ショートカットにしてほしい」とやってきます。髪のパーツモデルをやっていた彼女にとって、それは覚悟を意味していました。受刑者である美容師・葉留は刑務官の許可を得て、長い髪を切ると心に決めた彼女に「ある提案」をします。一度人生に失敗した者だからこそ思いやれる、深く深く胸に刺さるシーンです。改めて、美容室は単に人を美しくする場所なだけではなく、過去を断ち切る勇気に寄り添ってくれる場所なのだと思い知らされます。


そんな『塀の中の美容室』を、僕は「いまこそ読むべき漫画だ」、そう感じました。美容師である受刑者たちにとっても、訪れるお客さんたちにとっても、塀の中の美容室は再生のための場所。新型コロナウイルスのためにあえぎ苦しんだ私たちが、2021年を迎えようとするいま必要なのは「再生したい」と願う力だと思うからです。目に見えぬウイルスとの闘いはまだまだ続きます。けれども、いつかそんな日々をハサミでバッサリ斬り落としてやろうではありませんか。





■作画の素晴らしさに感動!


そしてなにより著者である小日向まるこさんの作画がもう! 素晴らしい! かすれた独特な筆致は、街はずれの映画館でフィルム時代の洋画を観ているような哀愁があります。


天井が高い美容室を描くために事前に模型までつくって挑んだのだそう。だからでしょうか、どの角度からの視点でも構図が崩れないし、カメラを切り返すように展開してゆきます。演出がうまいので、ぐいぐい惹きこまれてゆくのです。さすが美容室を舞台にした漫画、カット割りのうまさに舌を巻きました。



塀の中の美容室
著/小日向まるこ
原作/桜井美奈
636円+税
小学館

女子刑務所内の、一般人が通う美容室にて、女子刑務所の中に、“受刑者が一般客の髪を切る"美容室がある。
美容師は、重い罪を犯した者。
だけどそこには、いつも青空があった――

服役中に美容師となった小松原葉留は、女子刑務所内の美容室で、一般客の髪を切っている。

天井から壁まで青空が描かれたその美容室を訪れる者は、小松原がもたらす静かな時間にいつしか心を洗い流され……

小松原はなぜ、美容師として鏡の前に立つのか。
客たちはなぜ、そこで髪を切るのか。

『アルティストは花を踏まない』の新鋭が贈る、ひとりの受刑者と、社会を生きる女たちのあたたかな再生の物語。

空はどこまでも、青く、深く。
誰の上にも、きっと――

「何かに一度つまずいたり、転んだりした人がまた立ち上がる姿を描きたい」と語る小日向まるこ氏。

桜井美奈さんの同名小説(双葉文庫)を原作に、悩みながらも前に進もうとする女性たちの姿を繊細なタッチで描き出します。

前作『アルティストは花を踏まない』にて第23回「文化庁メディア芸術祭」マンガ部門審査委員会推薦作品に選出された、小日向まるこ氏の新境地。

連載時、かつてない反響を呼んだ、やさしくてあたたかな物語です。
https://www.shogakukan.co.jp/books/09860737



吉村智樹