歌舞伎町のホスト75名が愛と金と酒とコロナの日々を短歌にぶつけた『ホスト万葉集』

2020/8/17 20:45吉村智樹吉村智樹




こんにちは。
ライター・放送作家の吉村智樹です。


新型コロナウイルスによる影響で、道路も電車も大きな混雑は見られぬまま、お盆休みが終わりました。


お盆の時期の行動が新規感染者の数にどう反映するのかは、まだわかりません。


けれども「感染が拡大しないよう心を配ろう」というそれぞれの気持ちが、混雑しないUターンを成功させたのは間違いありません。


自粛ですから補償もない。
そんななかでよくぞ皆、本当に他人を思いやっているなと感心します。
なんと慈愛に満ち、モラルに対する意識が高い国であろうかと。


反面、そんな国民の善意が「行政につけこまれている」と感じなくもありません。


昨今「夜の街」という呼び名で、行政から敵視の標的にされた街があります。
それが新宿・歌舞伎町


いつから新型コロナウイルスは夜行性になったのか?
「行政が仮想敵を生みだし、自分たちへの批判をかわそうとしたんじゃねえの?」と、ついついタンカのひとつも切りたくもなるってもんです。


そういうわけで第15冊目となるスイセン図書は、歌舞伎町のホストたちが短歌に挑戦し、売れに売れている話題の本『ホスト万葉集』をお届けします。


■ホストクラブの現実は厳しい


新型コロナウイルス禍以前は200軒以上ものホストクラブが存在したという新宿・歌舞伎町。8月13日(木)夜には、恐喝の容疑で逮捕されたホストを家宅捜索するため警視庁の捜査員およそ20名が防護服を着て歌舞伎町に乗り込んでくるショッキングなニュースが流されました。それはまるで「歌舞伎町が現在どのような視線にさらされているか」を批評したかのような映像でした。


ときに「夜の街」と呼ばれ、ときに「不夜城」と正反対な呼び方をされ、いま混沌の真っ只中にいる歌舞伎町。この街ではホストクラブのネオンが星雲のごとくまたたいています。そして「このカブキで輝く一等星になるのだ」と、夢を抱いた男たちが全国からやってきてます。


源氏名をもらい、指名を勝ち取り、姫(自分の担当になってくれる女性得意客)にシャンパンのボトルを入れてもらう。その日の売り上げナンバーワンになって閉店時の「ラストソング」(自分のテーマソング)を歌う権利を得る。それが、ホストたちが目指す王道。


しかし……現実は厳しい。来ると言っていた姫がいっこうに姿を見せない。反対に姫がかぶる(同時間に姫がふたり以上来店する)。姫からLINEをブロックされる。売掛(ツケ)が回収できず自己負担。美人局(つつもたせ)に遭う。連日朝まで酒を飲むためアルコール依存症になる。極めつけは新型コロナウイルス感染拡大防止のため外出自粛を要請され「出勤ができない」という最大の危機。「STAY HOME」は「死ね」と同じ意味でした


巨星を目指してやってきて、ライバルのシャンコ(シャンパンコール)をトイレで悔しい想いで聴きながら、流星となって堕ちてゆく男たちは少なくありません。


そんなホストたちが想いのたけを短歌にして詠んだ新刊が話題となっています。それが『ホスト万葉集  嘘の夢 嘘の関係 嘘の酒 こんな源氏名サヨナライツカ』(講談社)です。





■ホストたちが本音を五・七・五・七・七にぶつける


この『ホスト万葉集』には歌舞伎町で働く75名のホストが詠んだ295首が収められています。


ホストの歌会を企画したのは、歌舞伎町に6店舗のホストクラブを営む「スマッパ!」グループ会長であり、かつては自分自身もナンバーワンホストだった手塚マキさん。「ホストに教養ある会話をしてほしい」という想いから、2017年に歌舞伎町初の書店「歌舞伎町ブックセンター」(現在移転工事中)を開いて話題となった人です。


2018年から始まった、出勤前のホストが月に一度集う「ホスト歌会」。20回を超えて開催され、新型コロナウイルス禍で緊迫する今年5月にはZoom歌会も開かれました。またグループ各店には投句箱が設置されています。ホストたちが偽らざる本音を短歌ににじませ、この箱へ投稿していたのです。


指導と選者は俵万智さん野口あや子さん小佐野彈さん。ベテランから気鋭の歌人まで、ズラリ! そうして総数およそ900首に及ぶ作品から珠玉を厳選し、遂に歌舞伎町生まれの万葉集が誕生したのです。俵万智さんが選者なので発売は7月6日(サラダ記念日!)でした。


■知らなかったよ、結婚してるの


では、選ばれた作品を鑑賞していきましょう。


元漁師同じ水でも水商売荒波に呑まれ深く溺れる 瑠璃





親から船を継いだものの、不漁と魚離れにあおられ地元の漁業は停滞の一途。
「東京で大漁旗を揚げてくるよ」と言い残し故郷を離れ、歌舞伎町というネオンの海に船を漕ぎだす。
そんな覚悟を背負った若者の姿が思い浮かびます。
荒波に飲まれ、ではなく「荒波に呑まれ」の部分に、純朴だったのに酒と喧騒の味を憶えてしまいもう単調な田舎暮らしに戻れない若者の哀愁がにじみ出ています。


気をつけな 早口言葉じゃないけれど隣の客はよく書き込む客だ 栗原類





ホストの噂がたちまちSNSで流され広まってしまう時代。
「知ってるんだ。お前の姫が、すぐに悪口を書き込むネットモンスターだってことを」。
忠告したい。
けれども、あいつはライバル。
短歌にしたから察してくれという、不器用な友情を感じます。


「彼氏みたい」はしゃいだ君と笑う日々 知らなかったよ、結婚してるの 詠み人知らず





疑似の愛を担保にして駆け引きし、姫が自分を想う度合を、シャンパンを入れた数で評価する。
そこまで冷徹になれてこそプロのホスト。
しかし、男はそこまで強くなれない。
開栓とともにはしゃぎあい、屈託なく笑う姫の横顔に、いつしか本当の恋心が芽生える場合も。
しかし、彼女は人の妻でした。
「冗談だよ。なに本気にしちゃってんの」と自嘲気味にほほえみながら、彼は非情なプロとして生きる決意をしたのでしょう。


最終日LINE開いて文字打てず
知りすぎた君にもう頼めない NARUSE





これもまた、鬼になれぬ自分を顧みる歌。
1ヶ月の総売上を決める締め日、にもかかわらずノルマが達成できてはいない。
「あの姫なら、頼めばきっとシャンパンを入れてくれる」
しかし、そんな彼女だからこそ、もう頼むことはできない。
姫と王子の関係を超えて、愛してしまったのだから。
とても自分勝手で倫理的に問題がある歌です。
だからこそ歌舞伎町で生きる過酷さ、焦燥がひりひりと伝わってきます。


■短歌も新型コロナウイルスの影響を受ける


君からの返信ないが既読付く俺に連絡いま自粛かな 愛乃シゲル





新型コロナウイルスが生んだ、哀しくも人間くさい歌です。
自分が出勤できないあいだは、彼女もまた外出を自粛しなければなりません。
ホストからのメールを読んではいるのに、返信はできない。
これは、いわゆる既読スルーではない。
返信したくでもできない環境に置かれているのでしょう。
ホストクラブに通うことを明かせない家族がいたり、恋人や夫がいたり。
でも姫はブロックまではできない。
返信できないメールを、ずっと待ち続けているのだから。
外出が許されないからこそ、双方の純情に気づかされてしまう、そんな歌です。
「不要不急とはなにか」を考えさせられます。


そして僕がもっとも「いいな」と思ったのが、こちら。


飛んでったあの大好きな先輩と
すれ違うのがここ歌舞伎町 三縦大貴





「飛ぶ」とは、何らかの理由で店にいられなくなり、無断で出勤しなくなること。
尊敬していた先輩でさえ、飛んでしまう、事情と事情が絡み合う街。
それでも高跳びまではできず、先輩は歌舞伎町にまた顔を出してしまう。
もう、歌舞伎町でしか泳げない魚になっているのでしょう。
悪しざまに言う人が多い街です。
けれども離れられない魔の魅力が歌舞伎町にはあるのでしょうね。


ほかにも


送り指名もらって嬉しいものだけど店を出てからLINE途絶える 詠み人知らず


ムカつくよ!初回で使う博多弁あいつモテすぎ!禿そうマジで 朋夜


お茶ひきの苦い記憶は残るのに甘い記憶は呑んで消えてる 愛寿
*お茶引き……姫の来店が約束されていない日のこと。略して「お茶」とも言う。


こころから会いたい会いたい捜してたやっと見つけた売掛はらえ 詠み人知らず


面接で酒が強いと言ってしまい手放せなくなるしじみのサプリ 詠み人知らず


あの人はいまどこでどう暮らしてる?SNSで探す自分がキモい MUSASHI


などなど、いい歌がたくさん。
シャンパンタワーのように連なっています。


■奈良時代も人々は疾病に苦しんだ


こういった生々しい短歌を詠んだホストたちの写真も巻末に掲載されており、カタログとして機能しているのもこの新刊の特徴。写真と作品を見比べながら、自分とセンスが合う人をさがす。指名の決め手とする。そんなふうに短歌で王子を選ぶ時代が来るかもしれません。


短歌は五・七・五・七・七が定型。とはいえ型破りな男たちゆえルールなんてくそくらえ。文字数の壁をぶっ壊した作品も掲載されています。その点もまた収録作品が短歌にとどまらない万葉集に近い。


思えば新元号「令和」は日本最古の歌集「万葉集」から引用されたことばです。そんな令和になってから、日本は疾病におかされ、苦しんでいます。万葉集が誕生した奈良時代もまた「天然痘」が流行し、感染者が続出。朝廷の政務が停止するほどの非常事態となりました。


令和になって万葉集が誕生したのも、必然だった気がするのです。



ホスト万葉集  嘘の夢 嘘の関係 嘘の酒 こんな源氏名サヨナライツカ
手塚マキと歌舞伎町ホスト75人from Smappa! Group
俵万智、野口あや子、小佐野彈 編
1,300円(税別)
講談社/短歌研究社


「コロナ」という、歌舞伎町最大の危機との戦いのなか、ホスト達は生きている。
そして、愛について考えている。

――愛ってなんだ? 恋愛を、悩みを、希望、欲望、本音を叫ぶ。
五・七・五・七・七の短歌で!

姫帰りシャンパングラスを片付ける 祭り終わった朝霧の感じ
シャンコする姿がかっこいいなんていうなら君が入れればいいじゃん
酔わないとシャンパン入れないお姫さま 徐々に濃くするジャスミン茶割り
錆びてなお耐えて耐えて耐え抜いて 磨き続ける輝く日まで
「ごめんね」と泣かせて俺は何様だ誰の一位に俺はなるんだ
自粛中ライトも消えた看板の 君の笑顔がなんか寂しい
眠らない街といわれたネオン街 たまにはゆっくりおやすみなさい
「コロナだし」行かない理由を探してた 嘘でなくて本当でもない
歌舞伎町 東洋一の繁華街 不要不急に殺される街
見つめ合い あ、これダメだね 照れ笑い カラダは離すもココロは密で

五・七・五・七・七の短歌だから語れる本当の気持ち。
得意客(姫と呼ぶ)との会話、おもてなし、仕事で割り切れない男女の感情、コロナ下での焦燥。

もともと短歌とは、愛を語り合う言葉の器だ。
ホストと短歌。
実は、これほど相性の良いものはなかった。まさにいまだからこそ届けたい、感動の短歌集。

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(吉村智樹)
*掲載している画像はすべてこちらで撮り下ろしています。