【おススメ本】あの名作はこうして生まれた! 『薔薇はシュラバで生まれる 70年代少女漫画アシスタント奮闘記』

2020/5/25 13:00 吉村智樹 吉村智樹






こんにちは。
ライター・放送作家の吉村智樹です。


緊急事態宣言の解除が始まったとはいえ、「まだまだ気を許すな」と釘を刺される昨今。
自宅で楽しめる手軽なエンタテインメントと言えば、やはり「読書」


そこで、こんな時期だからこそ読んでいただきたい「おススメの新刊」を紹介してゆきたいと思います。


第四回目は、漫画です。


偉大な少女漫画家たちのアシスタントをつとめてきた方が、名作が生み出された背景や、レジェンドたちの素顔を描いた「薔薇はシュラバで生まれる 70年代少女漫画アシスタント奮闘記」をご案内します。


■60代の少女漫画家、34年ぶりの新刊!


外出自粛を要請されていたステイホーム期間、「漫画を読んで過ごしていた」という方は多いのではないでしょうか。


僕も、ある一冊の漫画の新刊を、とても楽しく読みました。
それが「薔薇はシュラバで生まれる 70年代少女漫画アシスタント奮闘記」です。





「薔薇はシュラバで生まれる ~」は、漫画界に綺羅星のごとく輝く巨匠たちをアシスタントとして支え続けてきた笹生那実さんが、青春時代を振り返ったコミックエッセイ。


笹生那実さんは現在60代。1973年に笹尾なおこ名義でデビュー。その後、「笹生那実」あるいは「さそうなみ」のペンネームで活躍。子育てのために32歳でひとたび商業漫画家を引退し、40代からは同人誌活動を開始。そしてアシスタント時代の想い出を描いた同人誌がきっかけで、32年ぶりに一般流通の漫画界へ復帰したのです。


先ごろ発売されたこの「薔薇はシュラバで生まれる 70年代少女漫画アシスタント奮戦記」は笹生さんにとって、なんと34年ぶり! の単行本となります。


■美内すずえ、山岸涼子など巨匠のアシスタントを経験


内容は、笹生さんがこれまでアシスタントとして作稿を手伝ってきた漫画家たちの“素”の表情を描いたもの。「ガラスの仮面」などでおなじみの美内すずえ先生、「アラベスク」「日出処の天子」などの山岸涼子先生、「いつもポケットにショパン」などで知られるくらもちふさこ先生、「はみだしっ子」などでカルトな人気を誇る三原順先生などなど、そうそうたるレジェンド漫画家たちの原稿にペンを走らせてきたのです。


僕は今でこそ小汚いおっさんですが、「花の24年組」と呼ばれる70年代少女漫画シーンにガツンと衝撃を受けたひとり。萩尾望都先生、竹宮惠子先生、大島弓子先生、樹村みのり先生、青池保子先生、木原敏江(前:としえ)先生らの作品をむさぼり読んでいました。もちろんポスト24年組の「さそうなみ」先生の作品も読んでいました。


いやあ本当、あの頃の少女漫画は、アツかった! 漫画界の改革を感じさせる激動のムーブメントでした。あまりにも面白いので、男子大学生がこぞって少女漫画を読み、それが社会現象にまでなったほど。


それだけに、令和になって往時の熱風を再び感じられるこの本が登場したのは、ありがたく、かつ衝撃です。





■名作の数々は「シュラバ」(修羅場)から生まれた


タイトルにある「薔薇」とは、コマのなかに花を描く定番の手法のこと。旧来の少女漫画は、エレガントな演出をするために、コマのなかや外に花を(特に薔薇を)よく描いたのです。『マーガレット』『花とゆめ』『ぶーけ』などの誌名からもわかるように、少女漫画にとって花は、とても重要なアイコンでした。


しかし、麗しい薔薇の花弁が舞い散る漫画は、実際は「シュラバ(修羅場)とよばれる、エレガントのエの字もない、花もしおれる凄惨なカンヅメ現場から生まれていたのです。


時代は少女漫画雑誌の勃興期。作家は締め切りに追われ、睡眠時間は「椅子に座ったまま眠った15分」のみだなんてザラ。アシスタントは慢性的に不足。人手が足りないなか、布団で眠ったり、風呂に入ったりするなんて夢のまた夢。


着る服もインクやスクリーントーンのかけらやゴロ寝の皺がついてもかまわないように簡素で質朴なものばかり。先生が「おしゃれな服の見本にしたい」と思ってアシスタントたちが着る服を観てみたら、ひとりも役に立たなかったなんてエピソードも。


眠気ざましのために作家やアシスタントどうしで深夜に怪談を語るのが日常となり、それがミステリー系の作品へと反映していったというお話は、かなり貴重な証言ではないでしょうか。


そんなふうに、腕を買われ、あちこちの火急の現場をアシストし続けてきた笹生さん。さすがさまざまな先生の作画をやってきただけあり、美内すずえ先生は美内タッチで、三原順先生なら三原タッチで、樹村みのり先生なら樹村タッチなど、その人によって描き分けている点はさすがです。彼女たちのそばにいなければ見えてこなかった味わい深いエピソードの数々に、ときには大笑いさせられ、ときにはほろりとさせられます。


特に山岸涼子先生が名作『天人唐草』を生み出す瞬間に立ち会った逸話は、新しい世界を切り拓く痛みが伝わってきて、もう感動。





■少女漫画のアシスタントたちがつくりあげた「名作誕生のシステム」


アシスタント時代を描く少年漫画や青年漫画は、よくあります。それらはたいてい、先生の専属というかたちで、ほぼひとりの作家と寝食を共にする姿が描かれます。つまり関係としては師弟なのです。


ところが少女漫画の場合、作家自身が若く、アシスタントとの年齢差がほとんどない(笹生さんとくらもちふさこさんなんて、同じ学年ですからね)。そのためか師匠と弟子ではなく、かなり早い段階で「プロの作家とプロのアシスタント」というシステムが構築されていたのだと気づかされます。この本を読んでもっとも「そうだったのか!」と目からうろこが落ちたのは、まさにこの点です。


「花の24年組」など、少女漫画に大きなうねりが起きたのは、アシスタントを掛け持ちする、あるいは作家がアシスタントを共有する習わしが少なからず影響をしているのだと感じました。アシスタントたちが交流し、情報が交換され、友情が芽生え、それにより作家どうしの結びつきも生まれ、大きなコミュニティとなっていったのですね。アシスタントがプロデビューしたら、こんどは先生がベタ塗りを手伝うなど、少女漫画界ならではの動きではないでしょうか。


それがわかったのも、大きな収穫でした。


それにしても、かつてのアシスタントがこうして往時を振り返る漫画を上梓する時代にあってなお、『ガラスの仮面』は現役で続行中であるという事実に改めて驚かされます。いい意味で「おそろしい子!」です、美内先生は。



『薔薇はシュラバで生まれる 70年代少女漫画アシスタント奮闘記』
笹生那実 著
イースト・プレス 刊
1.091円+税


アシスタントが見た! 名作誕生の瞬間!!


美内すずえ先生、くらもちふさこ先生、樹村みのり先生、三原順先生、山岸凉子先生etc……。
数々の名作を生み続けるレジェンドたち──、の元でかつてアシスタントをしていた著者の、とんでもなく貴重な体験を描いたコミックエッセイ。
美内先生との初対面と、想像を絶するシュラバ。
才能ある若き漫画家たちの知られざる努力とこだわり。
あの作品のあのエピソードの誕生秘話など、少女漫画好きなら身悶えする様なお話がたくさん!
若き先生方と若きアシスタントたちの、血と汗と涙と喜びの青春時代を綴ります。


http://matogrosso.jp/bara-shuraba/01.html
https://www.eastpress.co.jp/goods/detail/9784781618555



(吉村智樹)