絢爛豪華にして非日常。「大衆演劇の着物」の超ド派手な美学とは?

2019/1/14 13:00 吉村智樹 吉村智樹

▲夜のコンクリートジャングルを描いた大衆演劇の着物。いまもっともエッジが効いたファッションシーンは大衆演劇にあるのかもしれない


こんにちは。
関西在住のライター、吉村智樹です。


この連載では、僕が住む関西の耳寄りな情報をお伝えしてゆきます。
今回はその第51回目となります。





■いま再び大衆演劇がブーム!


「大衆演劇」をご覧になったことがありますか?


梅沢富美男さんが“下町の玉三郎”と呼ばれて巻き起こしたブームから時を経て、「大衆演劇」はいま再び熱気をはらんでいます。多くの劇場が平日の昼間であっても超満員。推しの役者さんが登場すると歓声が飛び交っているのです。


過去には「おばちゃんたちが観に行く場末の芸能」と見られていた時代がありました。しかし、現在は劇場のリニューアルや、音響や照明の進化、見せ方の豪華さなどが格段にアップ。役者さんたちも世代交代し、二十代が台頭する新時代へ突入。それゆえ若い観客も増えてきています。


大衆演劇の魅力のひとつは、ド派手な衣装。大衆演劇は基本的に「狂言」(芝居)と、歌や踊りを披露する「舞踊ショー」の2本柱があり、この舞踊ショーが、とにっかく艶やか。ちょっとどうかと思うほど華麗な柄の衣装を身にまとい、歌い、ダンスし、早変わりも。もう楽しいのなんの。「ハレ」のパワーを存分に浴びることができるのです。


■ド派手な「大衆演劇の着物」の非日常な魅力


そんな豪華絢爛で非日常感に彩られた「大衆演劇の着物」の展覧会が大阪で開催されました。それが2018年12月21日(金)~23日(日)まで浪速区にあるカドカワショールームにて開かれた「大衆演劇の着物と明神寿江(みょうじん ひさえ)の着物のデザイン原画展」



▲大衆演劇の着物が展示されたギャラリー。足を踏み込んだ瞬間に、桃源郷へ連れていかれるかのような圧倒的多幸感をおぼえる


大衆演劇の着物を扱うのは、舞台衣装に特化した呉服店「株式会社 原」代表取締役、原彰希夫(はら あきお)さん。32歳という若さ、創業してわずか5年という精鋭が、大衆演劇に新風を呼び起こしています。



▲20代の若さで呉服店を起業した原彰希夫さん


そして、ゴージャスな大衆演劇の着物を数多くデザインしているのが、画家の明神寿江さん(49歳)。



▲独特な美学で彩られた大衆演劇の着物をデザインする画家の明神寿江さん


展示された着物や明神さんが描いた原画を観て「これが本当に着物なのか? す、すごい……」と息をのみました。


ニューヨークの摩天楼を思わせるビル群、クリスマスの風景、大蛇が巻きつく女性、アルフォンス・ミュシャを想起させる洋画風etc.etc. 狂おしい、めくるめくカオスな世界が展開されていたのです。大衆演劇がいかに自由な精神でつくられているかが、これら着物の柄からも伝わってきます。
























▲外国人の来訪者たちも和と洋が混交した摩訶不思議な着物世界に強い関心を示していた


大衆演劇の着物は、いったいどのように生まれるのか。これまでの着物づくりとはどこが違うのか。若くしてあえてこのジャンルに絞り込んだ原さんと、驚異のデザインを実現する明神さんにお話をうかがいました。


■「ほかの誰も着ていない着物」それが大衆演劇の衣装の美学


――原さんは大阪天神橋の「かんさい呉服」と、東京浅草の「あさくさ呉服」という2軒の直営店をいとなまれていますが、お店ではどういった商品をあつかっているのですか?



「大阪の『かんさい呉服』は一般呉服と大衆演劇の着物が半々で、東京の『あさくさ呉服』大衆演劇の舞台衣装専門店です」


――「大衆演劇の衣装の専門店」ですか! 大衆演劇の衣装を専門に揃えている呉服屋さんって珍しいのではないでしょうか。



「そうですね。大衆演劇の舞台衣装専門店はほかにもあるのですが、しっかり“絹織物”であつらえていて、大衆演劇専門の工房から仕入れているお店は、ほとんどないのではないでしょうか。最大の利点はいくつかの工房やデザイナーを組み合わせる協力体制を構築していること。さまざまなオーダーメイドの注文を受け容れられる態勢が整っており、そういう点では唯一だと思います」


――お客さんはどのような方法で舞台衣装をオーダーするのですか。



「皆様、まちまちです。しっかりと細部までデザインを指示する方もおられれば、漠然とイメージだけを伝える方もいます。100人いたら100通り、すべての要望が異なるので、ルールもマニュアルもない。ただ特注される皆様の気持ちは『ほかの誰かが着ていないもの』『よそにはないもの』『目立てるもの』という点で共通しています。この世に一着しかないものを求めておられるのです。なのでいっそう一着一着が真剣勝負です」


――確かに大衆演劇の着物って、オリジナリティがすごいです。呉服の伝統の文様や時代考証などとかけ離れたド派手な世界がありますよね。かつらがちょんまげではなかったり、髪もカラフルに染めたり。



「そうなんです。役者様たちはお芝居の時間は日本古来の着物をお召しになりますが、舞踊ショーの時間になると、それはもう本当に自由で。音楽もJ-POPががんがんにかかりますし。なので舞踊ショーで着るための目立つ衣装を注文される方が多いです」


■蛇革にコウモリ。もはやヴィジュアル系の耽美


――舞踊ショーで羽織る着物って、どのようなものがありますか。



「たとえば、これは『THE蝙蝠』という着物です。蛇革を背景にコウモリが飛び交っているというデザインなんです」



▲蛇革を背景にコウモリが飛び交っている『THE蝙蝠』。これはもうフールズメイト


――こ、これ……す、すごいですね。もはや和服というよりヴィジュアル系のファッションじゃないですか。でも……大衆演劇の着物って、失礼ながら、そんなに売れるものなんですか?



「一ヵ月に100着は出ますね


――えーっ! そんなに売れるんですか! 意外です。



「1日2回公演で、一回につき座長様となるとラストショーなども合わせて5回は着替えます。それが一か月えんえんと続くわけです。曲に合わせるので、同じものをそのまま着るわけにはいかない。さらに演目が変わると着物も新調しないといけません。言わば、アイドルが新曲を出すたびに衣装を変えるのと同じです。なので大衆演劇の役者様はたくさんの着物が必要なんです。座長クラスなら一か月公演で200~300着は着ていらっしゃるのではないでしょうか。ある役者様に『舞台衣装は役者の命だ』と教えていただいたことがあります。それくらい衣装にはこだわられています」


――300着もですか。なるほど。しかも役者さんが劇団には何人もいらっしゃるのだから、さらに膨大な数の着物が必要ですね。


■はじめは大衆演劇のことをなにも知らなかった


――まだ創業5年だそうですが、原さんが呉服にたずさわることになったきっかけはなんですか?



「大学を出て、新卒で呉服メーカーに入社したのがきっかけです。呉服や和装は正直言って、それまで特に興味はありませんでした。就職活動の際の“選択肢のひとつ”でしかなく、知識も皆無。ただ入社してみると、『呉服っていいなあ』と思ったんです。職人さんたちの仕事の尊さに触れ、それまで知らなかった呉服の世界に惹かれました。負けず嫌いだったこともあり『よし、この世界でがんばってみよう!』と決意し、営業で同期のなかで一番の成績をおさめました。それから独立というかたちです」


――独立してからは順風満帆でしたか?



いいえ。店舗を開いたものの、お客様が来ず……。いまの時代に新たに呉服屋をはじめることの厳しさを痛感しました。そして絶望感にさいなまれていたある日、ひとりの大衆演劇の役者様が衣装を探しにお見えになられたんです


――あ、それが大衆演劇との出会いだったのですね。



「そうなんです。ただ、せっかく訪ねてくださったのに、そのときの自分は大衆演劇を観たことがなくて『大衆演劇ってなんですか?』という初歩の初歩から話を始める感じでした」


――大衆演劇の役者さんとお話をされて、どう思いましたか?



「いまだからお話できますが、そのときは、あまり興味は持てなかったですね。『うちは正統派な一般呉服のお店で、舞台衣装はちょっと……』というふうに、親身な対応はしなかったと思います。おかしなプライドもあったのかもしれません。それに実際、役者様がお求めになるような舞台映えする商品も置いていませんでしたし」


■「こんなに着物が求められる世界があるんだ」と大衆演劇に感動


――大衆演劇に関心をいだかなかった原さんが、どうして舞台衣装を手掛けてみようと思われたのでしょう。



「後日、京都で偶然、大衆演劇の衣装一本でやっている職人さんと知り合ったんです。その方の技術が素晴らしく、かつ先日の役者様との出会いもあり、大衆演劇に運命的なものを感じました。和装業界が低迷するなか、これだけ着物を求めていただけることが嬉しくて、気持ちが突き動かされました。一般呉服のみを扱い続けていてもジリ貧になることは目に見えていたので、大胆な発想の転換が迫られていた時期でもありました。それで、『よし、大衆演劇の舞台衣装をつくってみよう!』と決めたんです」


――大衆演劇の舞台衣装を商うようになり、売り上げはどうなりましたか?



「はじめは半信半疑でしたが、2年半かけて伸びてゆきました。役者様だけではなく、御贔屓のファンの方が役者様を応援するためにきらびやかな着物を贈る文化があることも知りました。そうして、やるからには全力でやるタイプなので一着一着、心を込めてつくりました。はじめはスタッフを含めて失敗することもありましたが、役者様やお客様に叱咤激励を受けて育てていただきました。そうして 少しずつでしたが、お客様が信頼をしてくださったおかげで、大阪のみならず東京にも専門店を開くことができたんです」


■はじめは販売員として応募した


――原さんが手がける大衆演劇の着物は、明神寿江さんが描くデザインが素晴らしいですね。明神さんはどういういきさつで大衆演劇の着物にたずさわることになったのですか?


明神
「はじめは『かんさい呉服』に販売員で応募したんです。『大衆演劇って楽しそうだな』と思って」


――ええ! はじめは接客で応募されたのですか!


明神
「そうなんです。すると『この人、絵が描けるんだ』ってことになって、下絵を依頼されたのがはじまりです。それまで画家の仕事をしていましたが、着物のデザインは初めてでした。ずっと興味があって個人的に京都の工房を見学したこともあったので、お仕事をいただいた時はうれしかったですよ。念願がかないました」
















――ドクロだったり、タロット画のようだったり、アートと呼んで大げさではないと思いました。旧来の着物の概念がくつがえるような斬新なデザインが多いですね。


明神
「職人ではなく、着物のデザインもしたことがないから、これまでのパターンを無視せざるをえないんです。それが反対によかったのかもしれません」



▲展覧会では実演も披露


――最後に原さん、今後はどのようにしてゆこうと考えておられますか?



「いまでは大好きになった大衆演劇界を盛りあげるために、どんどん恩返しをしていこうと思ってます。あとはひとりでも多くの方にお近くの大衆演劇場へ足を運んでいただけることを願っております」


時代劇をベースとしながらも時空を飛び越えてゆく自由な世界、それが大衆演劇。このまばゆいステージで着られる衣装は「大衆演劇がもつファンタジー性の象徴なんだな」と、僕は感じました。


いま和のテキスタイルの可能性をひろげる一翼を担っているのは「間違いなく大衆演劇なのだ」と断言できるでしょう。


そんな創意に満ちた着物を実際に観ることができる東西の実店舗へ、そして美麗な着物が舞う大衆演劇の劇場へと、ぜひ足を運んでみてくださいね。






「かんさい呉服」
住所●大阪市北区天神橋3丁目9-12 天神橋筋商店街3丁目
TEL●06-6353-0390
営業●11:00~19:00
定休日●月



大衆演劇衣装専門店
「あさくさ呉服」
住所●東京都台東区浅草2-7-7 奥山おいりまち商店街
TEL●03-6231-7503
営業●10:30~18:30
定休日●水・木

URL●http://kansaigohuku.com/
https://hisaes.tumblr.com/


協力:仲谷暢之 カドカワ株式会社



取材・執筆 吉村智樹
https://twitter.com/tomokiy