話題のデザイナー「くわたぽてと」がつくる「ズルい名刺」ってなに?

2018/10/2 12:10 吉村智樹 吉村智樹


▲誰しもつられて笑顔になってしまうほほえましいキャラクターの「くわたぽてと」さん。この人、実はとても「ズルい」のだそう。いったいなにがそんなにズルいのか?




いらっしゃいませ。
旅するライター、吉村智樹です。


おおよそ週イチ連載「特ダネさがし旅」
特ダネを探し求め、私が全国をめぐります。





■注目のデザイナー「くわたぽてと」さんがつくる「ズルい名刺」とは


いま関西で、ひとりのデザイナーが注目を集めています。
それが「くわたぽてと」さん(29歳)。



▲大阪で頭角をあらわす新進気鋭のデザイナー「くわたぽてと」さん。見た目がマジでポテト!


その名の通りの、まんまるポテトポテトしたお顔。
TwitterやFacebookなどのSNSに顔出しで登場するやいなや、一度見たら忘れられないその愛すべきキャラクターが話題となり、ファンが急増。


そんなくわたぽてとさんが専門として手掛けるのが「ズルい名刺」


名刺が……ズルい? どゆこと?


名刺のいったいなにが「ズルい」のか。
大阪の吹田市(すいたし)にある、くわたぽてとさんが営むデザイン事務所「ヤオヤ」へと向かいました。


■「フリーランスは自分自身が商品」


――ご自身の名前を「くわたぽてと」にされたのは、どうしてですか?


くわたぽてと
「独立開業して今年で3年目なのですが、この仕事を始めた頃は、営業をしても先方に名前をぜんぜん憶えてもらえなかったんです。本名は桒田浩文(くわた ひろふみ)といいまして、漢字の読み方も難しい。フリーランスは自分自身が商品ですし、『このままではいけない』と危機感をいだきました。それで2年前に自分の名前を変えたんです」


――「フリーランスは自分自身が商品」というのは、僕もとても実感します。しかし、なんでまた「ぽてと」だったのでしょう。


くわたぽてと
「自分の顔を鏡で見たとき、『んー、じゃがいもっぽいな』と(笑)。それに僕、じゃがいもが大好物なんです。じゃがいも好きが高じて“じゃが男”というキャラクターのLINEスタンプをつくってしまったくらい。居酒屋へ行っても真っ先に注文するのはフライドポテトやポテトサラダ。ならば『自分もフライドポテトやポテトサラダのように、お客さんから一番先に頼まれるような人になりたい』と思い、名前をぽてとにしました」




▲LINEスタンプ「じゃが男っす!」


――正直、お会いする以前から、失礼ながら「この方、じゃがいもに似てるな」という印象がありました。でも、じゃがいもが嫌いな人なんてほとんどいませんし、とてもよいお名前だと思います。実際の効果はありましたか?


くわたぽてと
「劇的に変わりました。一度お会いしたら必ず憶えてもらえるようになりました」


――アーティストネームって、やはり大事なんですね。


■偉くなるより、自分らしく生きたい


――フリーランスになる以前はどのようなお仕事をされていたのですか?


くわたぽてと
「前職は店舗の設計施工をする会社の建築士でした。子どもの頃から建築デザインに興味があったんです。新聞の折り込み広告に載っている住宅の間取り図を切り取ってノートにスクラップしていたほどです。そして京都建築大学校を経て第一希望の会社へ入り、『ここで上り詰めよう!』と意気込んで働いていました」


――第一志望の企業へ入社したのに退職して独立されたのは、なぜですか?


くわたぽてと
「働いていくうちに『役職が上へ行けば行くほど、自分のやりたいことがやれなくなるんだ』と感じ、それは僕の生き方ではないなと考え、4年で退職しました」


■デザイン事務所なのに「ヤオヤ」。前掛けまで特製した


――それでフリーランスになられたのですか。「くわたぽてと」というお名前だけではなく、開業された事務所の屋号も野菜を扱いそうな「ヤオヤ」なんですね。デザイン事務所なのに「ヤオヤ」とつけた理由は?


くわたぽてと
「建築に限らず『やりたいことは、なんでもやってみよう』と、多数という意味を持つ“八百”を事務所の名前にしたんです。それに八百屋さんって親しみがある存在ですしね。自分もそうありたいと思いました」


――「ヤオヤ」という屋号には、八百屋さんのように品ぞろえが豊富で親しみやすいデザイン事務所という意味が込められていたのですね。八百屋さんの前掛けまでこしらえられて、デザイナーのイメージからずいぶん離れましたね。


くわたぽてと
「実は僕、こう見えて、めちゃめちゃ真面目で人見知りな性格なんです。ただ反面、人前に出ることや目立つことも大好きなやつで。なので『デザイナーのなかで一番目立つほどのインパクトを残そう』と思って前掛けやキャップをつくりました。人見知りな性格の本人とのギャップをつくりだしたかったのです」



▲「デザイナーのなかで一番目立つほどのインパクトを残そう」と思い、青果店を営むようないでたちにセルフブランディング


■独立開業一年目はフリーランスの厳しさを味わった


――なるほど、自分自身をデザインされたのですね。会社員からフリーランスになられて、どのように感じましたか?


くわたぽてと
「いやあ、開業して最初の一年は厳しかったです。稼ぎが月に5万円~10万円しかなかった。親がテニス用品の販売業をやっていて、『自営はたいへんやで』と言われて覚悟はしていましたが、本当に生活していくのがギリギリで焦りました。でもまだ二十代ですし、『ここで踏ん張らなかったら、きっと後悔する。やれるところまで、とりあえずやってみよう』と思いました」


■フリーランスこそ特化すべき。ならば「名刺デザイナー」に絞ろう


――せっかく「やりたいことは、なんでもやってみよう」と思って独立したのに、「名刺のデザイン」に絞られたのは、どうしてですか。


くわたぽてと
「フリーランスになって痛感したのは『自分は何屋さんなのか相手に言えなきゃいけない』ということなんです。フリーランスこそ、特化するべきだと。そうして思いついたのが“名刺デザイナー”でした。独立してから、グラフィックとウェブと内装デザインをトータル的に請け負ってきたのですが、そのなかでとりわけ楽しかったのが名刺デザインだったんです。そもそもぼくが独立したきっかけは『人生を楽しむため』だったので、自分が楽しいと思える仕事をするということがもっとも重要だったんです」


――名刺デザインがご自分の個性に合っていたのですね。ぽてとさんは単なる名刺デザイナーではなく「ズルい名刺デザイナー」とのことですが、“ズルい名刺”ってなんですか?


くわたぽてと
「名刺の役割は『相手の印象に残る』『相手に自分を思いだしてもらう』ことにあります。ズルい名刺とは『確実に相手に自分を印象づけ、忘れさせない名刺』という意味です。たとえデザインがおしゃれでも、すっきりしすぎていて誰だったか思いだせない名刺って、配る理由がないですよね。ブランディングとは、その人の想いを伝えることに尽きますし、名刺はそのための重要なツールなので、ズルいくらい“人”を強く前面に押し出していこうと



▲くわたぽてとさんがデザインした名刺。看板作家の名刺は、月にはしごをかける様子が描かれている。だから細長~い(二つ折りにして通常サイズに)



▲「澤」の字の一部が、いつも本人がかけている赤い眼鏡になっている。「家族みんな背が低い」(笑)



▲魔女やフットボールの選手のプロマイドふうなど、確かに一度もらったら忘れられない名刺だ



▲カードダスから出てくる名刺! これは受け取る方も楽しい


――名刺のストックを見返していても、思いだす人の名刺は確かにデザインに特徴がありますね。名刺に強いインパクトをもたらす作風は、どういうときに思いついたのですか?


くわたぽてと
「交流会などでの実体験からです。人見知りな僕は、交流会などで名刺交換をするのが苦手で。『もっと簡単にコミュニケーションがとれるようになるには、どうすればいいだろう』とずっと考えていたんです。そして『渡すだけでコミュニケーション力や営業力があがる名刺をつくろう』と思いつきました。ズルい名刺をつくるようになったきっかけは、そんなふうに実はすべて、自分のためだったんです。名刺をトレーディングカードふうにデザインしてホログラム(特殊なフィルムやプラスチック板の上にレーザービームを使って立体画像をプリントしたもの)をほどこしたり、円形にしたり、いろいろ試しました」



▲くわたぽてとさんの名刺入れは筒状のポテトチップスふう



▲確かにこの名刺はズルい


■「ズルい」はクリエイターにとって最高の誉め言葉


――そういったコミュニケーション力や営業力があがる名刺を“ズルい名刺”とは、なかなか強烈なネーミングですね。「ズルい」っていう表現は、どこからきたんですか?


くわたぽてと
「交流会で僕が名刺を配ると、僕の名刺の話でもちきりになるんですよ。その様子を見たほかの人から『ほんま、君の名刺、ズルいよな!』と言われまして、『あ、ズルいって、クリエイターにとって最高の誉め言葉やな』と気がついたんです。ズルい名刺は、初対面の人とでも親密になれるスピードが速い。持ち帰っていただいたあとでも、名刺が勝手に自分をアピールしてくれる。そして次のステップへのきっかけにつながる。名刺は自分自身という商品を売り込むのに最適なものだと改めて感じたんです。それで『よし、自分は単なる名刺デザイナーではなく“ズルい名刺専門デザイナー”でいこうと決めました」



▲クレパスふうの名刺



▲一見クレパス。実は巻いた名刺。これをもらったら僕もきっと「ほんま、君の名刺、ズルいよな!」と言ってしまうだろう


――ズルい名刺専門デザイナーという肩書は、唯一でしょうね。ズルい名刺は、どのような行程を経て作られるのですか?


くわたぽてと
「名刺って、つまるところ『自己開示』やと思うんです。そして僕の仕事は個人にフォーカスすること。自分の想いを明確にしてちゃんと伝えたいという人のためにデザインしたいので、必ず『なぜその名刺をつくるのか』というヒアリングから始めます。お会いできない場合はスカイプなどを使って、お話をうかがいます。なんとなく作るんやったら、もっと安いところに頼んだ方がいいですしね」


――確かに、これまでぽてとさんがデザインされたズルい名刺の事例を見せていただくと、お会いしたことがないのに、どなたもお人柄がにじみ出ていますね。


くわたぽてと
「お客さんの声を大切にしようと心がけていています。そして『渡した相手の反応が違う』『以前より先方に憶えてもらえるようになった』というお声をいただいています」


――やはり、そうなのですね。とはいえ、そうなると名刺の役割が大きくなり、デザインする側に課せられた責任が重いですよね。しんどくないですか?


くわたぽてと
「そうですね。この小さな紙一枚が、なんらかの結果に結びつかないといけませんから。楽しいけれど、しんどい。でもプレッシャーがあるからこそ頑張れるので、いいのかなと思っています」


「ズルいは、クリエイターにとって最高の誉め言葉」
「フリーランスこそ、特化するべき」
「ブランディングとは、想いを伝えること」


社員とフリーランスの両面を経験したくわたぽてとさんだからこそ辿りついた真理。
さすがヤオヤ、いただいた言葉には栄養がふんだんに含まれていました。


くわたぽてとさんは、依頼人にいいご縁ができるよう、今日も小さな紙のなかに大きな想いを注ぎ込みます。
僕も「あの人、ズルい」と言われるよう、そして、じゃがいものように汎用性が高くて親しまれる人になろうと思いました。



ヤオヤ
http://yaoya.biz/




TEXT/吉村智樹
https://twitter.com/tomokiy


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