アニメが救った伝統工芸。京都でたったひとりの「女性アニメグッズ黒染め師」

2016/11/28 14:36 吉村智樹 吉村智樹




▲「五代目 柊屋新七(ひらぎやしんひち)」こと馬場麻紀さんは京都でたったひとりの、アニメグッズを染める女性黒染め師(くろぞめし)なのです



こんにちは。
関西ローカル番組を手がける放送作家の吉村智樹です。
ここでは毎回、僕が住む京都から、耳寄りな情報をお伝えしております。


2016年も残すところ、あと一か月。
振り返ると今年は、例年にも増して「アニメ」が注目された一年でした。
『君の名は。』『この世界の片隅に』などオールタイムベストクラスの名作が続々と誕生し、さらに活況を呈しています。


そうそう、アニメといえば、この京都の片隅に、アニメとひじょうに密接な関係を持つ一軒の工房があるのです。
そしてそれは、外観からはアニメとの関連がまるで想像できない、とても意外なスポットでした。

果たして、その名は。
今回はそんな「あにめのあなば」をご案内しましょう。


訪れたのは中京区の柳水町(りゅうすいちょう)。
茶人・千利休が好んで茶の湯に用いるほどきれいな水が湧き出る街で、井戸水に陽が射すのを避けるためそばに柳を植えたことが地名の由来とされています。


また、清んだ水脈を持つこの一帯は、それゆえに染色が盛ん。
かつてはたくさんの染め屋さんが並んでいました。


今回紹介する明治3年創業、140年以上の歴史を誇る「馬場染(ばばせん)工業」も、そのなかの一軒。



▲町工場然とした外観だが、なんと織田信雄の屋敷跡だという



▲初代は岐阜から京都へ移り、黒染めの仕事を始めた。茶の湯を好む粋な人だったのだそう



▲威厳ある「黒染」(くろぞめ)の紋章



▲天然の美水脈「柳の水」で染めなす



▲敷地内には茶人・千利休が愛した柳の水を汲む井戸がある


威風堂々とした建物に、「黒染」のエムブレム。
そう、この馬場染工業は“黒く染める”ことを専門とした染色工房 なのです。

■老舗の染色工房にアニメグッズがズラリ!


特徴はそれだけではありません。
店舗スペースをもつこの馬場染工業、一歩足を踏み込むと……おお、なんと!



▲京都の伝統工芸「黒染」の自家製商品が陳列されているが、よくよく見るとその多くがアニメグッズ


店頭や店内には、ポケットモンスター、遊☆戯☆王、薄桜鬼、弱虫ペダルなどなど、人気アニメのグッズがずらり
京都の工芸を継承する老舗の軒先とは思えないポップな光景が広がっています。



▲薄桜鬼



▲弱虫ペダル



▲遊☆戯☆王



▲双星の陰陽師、ポケットモンスター



▲神様はじめました



▲白猫プロジェクト


グッズは言わずもがな、オール黒染め
黒い部分だけを染め、生地の色によってアニメのキャラクターを浮き上がらせるという手法です(つまりキャラクターの線は、生地そのものの色)。



▲白い布に黒い部分だけを染めてキャラクターを浮かび上がらせる。これが手染めとは、すごいスキルだ


■アニメグッズを染めていたのはひとりの女性職人


きわめて色数が少ないため、どれもとてもシャープでかっこいいデザイン。
そして陰影の中でアニメキャラクターたちが躍るこれらグッズはすべて、なんとたったひとりの女性職人の手によって染められているのです


その方は*「五代目 柊屋新七」(ひいらぎやしんひち)こと馬場麻紀(ばんばまき)さん(51歳)。*京都では職人の名前も代々継がれてゆきます。
京都で唯一の(もしかしたら日本唯一の)先代から継承している女性黒染め職人です。



▲京都で唯一の女性跡継ぎ黒染め職人、馬場麻紀さん


馬場
「これまで『刀剣乱舞』『双星の陰陽師』『有頂天家族』『ディアボリックラヴァーズ』ほか、もう数えきれないほどのアニメグッズを染めてきました。着物の黒染めの相談に来られる方は『なぜここにアニメグッズが並んでいるの?』と驚かれますし、反対にアニメファンの方が来店されると『なぜ黒しかないの?』と驚かれます。そんなふうに、世代を問わず、みんな驚くんですよ」


馬場さんがこれまで手染めした作品は『おじゃる丸』『白猫プロジェクト』『神様はじめました』『えとたま』『地下鉄に乗るっ』などなど、枚挙にいとまがありません。


そしてこれらアニメグッズは「柳の水」と呼ばれる名泉が湧くこの地だからこそ染められるのだと、馬場さんは言います。


馬場
「アニメのキャラクターは“目”が命なんです。目をくっきりと染められないと、ぜんぜん似なくなる。『これ誰?』になっちゃう。そのためには黒をはっきりさせないといけない。それには天然で良質な井戸水が必要なんです。水道水にはいろんな薬品が入っていますから、染料と喧嘩してしまって、いい黒にならない。それに井戸水には微量な鉄分が入っていますので、これが染料に反応して鮮やかに黒く発色するんです」


千利休が好んだ水が、よもやアニメグッズの染色に最適だとは。
ちなみにこの柳の水はもちろん飲料にもふさわしく、お願いすると飲ませてもらえます。
これがもう本当においしくて、目が覚めるようでした。



▲1870(明治3年)の創業時に、地下約100メートルから業務用に汲み上げ始め、以来一度も枯れずに今もなお染めや飲料水として使用している井戸。



▲名水「柳の水」はお願いすれば飲ませていただける



▲なんとこの井戸、ポケストップでもある


ではいったいなぜ、老舗の女性黒染め職人がアニメグッズを染めることになったのか?
きっかけは?


そこには、それ自体をアニメ化したいほどのドラマがあったのです。


■父親は伝説の黒染め名人。しかし娘は継ぐ気なし


馬場麻紀さんの父、四代目の故・馬場孝造さん「カラスの濡れ羽色を染められる名匠」と讃えられ、「黒はここでしか染められない」と日本中の反物が集まったほどの伝説の職人でした。


▲先代である父・馬場孝造さんは黒染めの神と呼ばれた伝説の名匠だった


しかし、往時の馬場さんは父を尊敬しながらも黒染めを継承する気はまるでなく、それどころか家業を嫌っていた時期さえあったのだとか


馬場
「いつも家の中が真っ黒だったんです。帰るたびに気が滅入っていました。『よその呉服の染め屋さんは花や蝶などきれいな色を染めているのに、なんでうちだけ黒なん?』って。冠婚葬祭といっても黒はお葬式が多いですし、気持ちが暗くなってしまって」


黒染めに抵抗感があった馬場さんは、その後、お父さんとは違う洋服の世界へと進みます。
上田安子服飾専門学校でテキスタイルデザインを学び、卒業後はアパレルの商社やプリント会社に勤めました。


■父親の廃業宣言に対し「私がやる!」


そんなとき、ある事件が起きたのです。


馬場
「父がある日『もう自分の代で終わりや』と言いながら染料を捨てだしたんです。染料はウナギのたれのようなもので、代々継ぎ足してゆきます。なので一度捨てると、もう二度と同じものは作れないのです。私は『やめて!』って必死で止めたんですけど、父は私の手を振り払って捨てようとし続けました」


日本一の名匠と謳われた四代目のお父様ですら将来を悲観するほどに、京都の伝統工芸である黒染めは危機に瀕していました。
黒染めは染色の世界の中でも特に色を出すのが難しく、たとえうまく発色しても、かすかにこすれただけでたちまち三流品になるという繊細でシビアなもの。
しかしながら、高い技術を要するに反し、需要は減っていったのです。


馬場
「あなたは黒紋付の着物、持っていますか? 女の子は成人式やお嫁入りの時のために晴れ着や衣装をあつらえます。でも男の子が黒紋付の着物を新調する習慣って、いまはないですよね。黒紋付の着物をあつらえるのはもうお相撲さんか歌舞伎役者か、というのが現状です。結婚式もお葬式も七五三のお祝いもレンタル衣装になって、黒染めはすたれつつあったんです」


黒染めは秘伝であり門外不出であるため後継者がいなければ技法は途絶えるしかなく、絶滅の危機に瀕します。
そのため、かつては京都に100軒以上あった黒染めの工房は、現在は数えるほどしか残っていません。


馬場染工業も例外なく窮地にあり、そして……。


馬場
「染料を捨てることをやめようとしない父を説得したものの、『ほな、誰が跡を継ぐんや』と。そして私、とっさに『私がやる!』って言ってしまったんです。そんな気はぜんぜんなかったのに。すると父が、とても喜んでくれた。その時『ああ、口には出さなかったけれど、父は内心は私に跡を継いでほしいと思っていたんだな』と、わかったんです」


自分でも想像していなかった「京都で唯一の女性黒染め職人」となった馬場さんは、そのままを受け継ぐのではなく、時代の空気を読み、「洋服を黒染めする」という新たな業態をあみだしました。


馬場
「洋服の染め替えを始めたときは周囲から『そんな危険なこと、なんですんねん。やめとけ』と反対されました。洋服は綿とシルクと麻と化学繊維がまざった複雑な構造をしていますし、仕立ての方法もメーカーによって違います。そんなややこしいものを染めて、もし事故でも起きたらと。でも私は着物の黒染めだけではきっと先細ると思っていたし、テキスタイルを学んだので生地の知識があった。そして父が賛成してくれたのも、きっかけとして大きかったです。癌で倒れ、病床にあった父は、私を呼んで『やりたいようにやれ』と言ってくれました」


周囲の反対にあいながらも先代である父の理解を得て、着物とは素材も縫製もまるで違う洋服の黒染めをはじめた馬場さん。
「息子が亡き夫とそっくりの背格好になったので、夫の残した背広を染めて欲しい」という依頼があったり、「何万円もしたロングワンピースを捨てなくてよかった」などの感謝の言葉をもらい、勇気がわいてくるのだそう。


■『戦国BASARA』をきっかけに状況が一変!


このように五代目にして大きな変革をもたらした馬場さんに、さらなる転機が訪れます。

馬場
「うちの父は先見の明があったみたいで、生前、布に家紋を染めるオーダーメイドを始めたんです。型を彫る機械まで購入して、5000種類くらいならすぐに対応できるように。でもね、『家紋なんて誰が興味あんねんな』って、家族みんなでバカにしていたんですよ。私も家紋になんの興味もなく『家紋ってなに? なんか葉っぱみたいなやつ?』とか言って、父に怒られたり。ところが……カプコンがゲーム『戦国BASARA』 を発売してから若者たちの間で歴史ブームが巻き起こって、『憧れの武将の家紋を染めてほしい』『家紋のグッズが欲しい』というお客さんが殺到するようになって」


父の形見である家紋を染めるシステムが、ゲームによって沸騰した歴史ブームとコミットし、なんとまあ若者たちの間でトレンドになってしましました。
以来、馬場さんは、家紋に興味を抱いた若者たちや外国人観光客向けに「366日の花個紋」という季節の花をデザインしたギフトも用意し、バースデーなどの記念日の花を手ぬぐいなどに染めるワークショップを始めたのです。



▲『戦国BASARA』のブームで注目された家紋や自分の誕生日の「花個紋」のグッズも



▲この工房で家紋入りグッズを作るワークショップも開かれる(体験は要予約)


衰退の危機にあった京都の伝統工芸はこうして、意外な形でスポットが当たりました。


■『ちはやふる』から始まったアニメグッズの黒染め


そうして黒染めは、いよいよアニメと邂逅することに。
それは一枚の、運命のFAXがきっかけでした。


馬場
「うちの子供たちが『アニメともコラボしたらええのに』って提案してくれたんです。でも私、いまのアニメに詳しくないし、権利ものの染めなんてやったことがない。それで1年間、権利関係の講習会などで勉強していたんです。すると奇遇にも京都市の商工会議所から1枚のFAXが届きました。内容は『“京都国際マンガ・アニメフェア(京まふ)”という催しを始めることになり、“ちはやふる” という作品のグッズを作りたいが、染められるか』というものでした。私は『やりたいと思っていたことが、こうしてかなうなんて、なんという偶然だろう』と思いましたね」


依頼を受け、五代にわたる伝統の技術を活かして染めあげた『ちはやふる』雑貨。
そのクオリティの高さが口コミで広がり、黒染めアニメグッズの依頼が続々と馬場さんのもとへ舞い込むようになったのだとか。
最近では馬場さんだけではなく長女がレイアウトも担当するなど、親子で取り組んでおられます。



▲白猫プロジェクトの掛け軸。馬場さんは染めだけではなく掛け軸なども手作りする。「子供の頃、ボーイスカウトに入ってたのでロープ結びは得意なんです」


■汗まみれの現場。黒染めはおそるべき重労働


では実際に染色の様子を見せていただくことに。


馬場染工業の黒染めは「浸染」(しんせん。糸や布を染液に漬け、さらに媒染剤によって発色、定着させる方法。ひたしぞめとも言う)という技法を用います。


たっぷりと染液を吸った布はとても重く、さらに、90度にもなるという超高温の染液にゴム手袋だけをはめて腕を漬けて作業するという危険かつ重労働。



▲大きな竿で布を染液に漬ける



▲染液にひたされた布はとてつもない重さになる



▲ボイラーに火が入るとミストサウナのような状態に。馬場さんもたちまち汗でずぶ濡れ


ボイラーを炊き、スチームサウナのように蒸気がもうもうとした工房で、馬場さんはみるみる汗だくに。



▲しだいに姿を表しはじめる絵柄


後継者がなかなか見つからない理由もわかる気が……。
アニメグッズは、こんな過酷な状況下で生まれていたのですね。


馬場
「『溺れたんか?』と訊かれるほど汗と染料で、ずぶ濡れの真っ黒けです。でも新陳代謝が進んで、お肌はぷりぷりですよ(笑)」


新陳代謝といえば、馬場さんが染める作品そのものが伝統工芸の新陳代謝だと感じました。


馬場
「ただの染めの職人ではなく、依頼されたアニメは必ずすべて観て、作品を理解してから染めるようにしています。どの作品も本当に面白い。いまのアニメ作品はどれも根底にほのぼのとした温かみがあって大好きです。そして私はアニメに対して“黒子”だと思っています。黒というのは柄の引き立て役なんです。黒があるから登場人物たちがきわだつし、黒には無限の可能性があります。私はいまの時代に合うような形で、亡き父の目指した黒をさらに追求していきたいです」


「黒には無限の可能性がある」
馬場さんのものづくりは、単に家業を継いだことにとどまらず、途絶えつつあった伝統工芸をアニメグッズという新しい形で次世代へと継ぎ届けたのだと思います。
これからも京都の工芸シーンを染め替え続けてくださいね。



▲「黒を背景に他の色をあわせると、その色がとても引き立つんですよ。アニメグッズはそれがよくわかります。以前はあんなに嫌いだった黒も、いまでは大好きになりました。アニメのおかげですね」と馬場さん



名称●馬場染工業株式会社
住所●京都府京都市中京区西洞院通三条下ル柳水町75
営業時間●09:00~17:00
定休日●土曜・日曜・祝日
電話番号●075-221-4759
URL● http://www.black-silk.com/



(吉村智樹)