日本海側を走る「攻殻機動隊電車」に乗ってきた!

2017/1/16 11:30 吉村智樹 吉村智樹





▲日本海側を走るローカル鉄道「京都丹後鉄道」の車両のあちこちに、なにやら殻が固そうなモノが……



こんにちは。
関西ローカル番組を手がける放送作家の吉村智樹です。
こちらでは、ほぼ毎週、僕が住む京都から耳寄りな情報をお伝えしております。


今回は京都探訪連載の第24回目。
2017年初のお届けとなります。
旧年中は読者の皆様にたいへんお世話になりました。
本年も京都の街をさまよいながら穴場スポットをたくさん見つけだし、取材してゆく所存です。
なにとぞよろしくお願いいたします。


さて、2017年と言えば、ハリウッド版『攻殻機動隊』(初の実写化作品)が4月に公開されることが決まり、話題となっています。


『攻殻機動隊』は人間とサイボーグが混在する未来の日本を舞台に、重犯罪の被害を最小限に食い止めんと奮闘する情報機関「公安9課」(通称“攻殻機動隊”)の姿を描いた物語。
士郎正宗さんの漫画を原作とし、1995年に劇場用アニメ映画が公開され、その後、テレビアニメ、ゲーム、小説などさまざまなメディアミックスを試みていったサイバーパンクストーリーです。


そんな重厚かつ複雑なストーリーが展開する攻殻機動隊のラッピング電車が、なんと京都の街を走っているのです。
しかもハリウッド版が公開される時期よりずっと以前から。



▲劇場版『攻殻機動隊』のタイトルロゴが書きだされた車両。アニメラッピング電車のなかでもとりわけストイックな印象





その場所は、京都丹後鉄道。


京都丹後鉄道は西舞鶴~豊岡、宮津~福知山間と、主に日本海に沿って京都北部と兵庫県を走行するローカル鉄道です。
沿線は漁業、酪農、農業が盛んで、“京野菜”と呼ばれる作物の多くがこのエリアで収穫されます。
かに、牡蠣、ぶり、但馬牛と極上グルメがふんだんにあり、地元の新鮮食材を堪能できるレストラン列車「丹後くろまつ号」も運行しています。


こののどかな街を、凶行に立ち向かう公安警察組織の激闘を描いた、言わば物騒なアニメの電車が走るとは、パラレルワールドすぎやしませんか。
日本にはさまざまなアニメーションのラッピングトレインがありますが、ハッカーと公安のバトルなどを描く決してお子様向けの作品ではない「攻殻機動隊」というセレクトは、相当なチャレンジでは。








そもそも、なぜ、京都に?
そんな”囁き”が聞こえてきます。


脳内架空マイクロマシンを駆使しても正解が出せずにいた僕は、その謎を解明すべく、京都の北部を目指しました。


「攻殻機動隊」ラッピング電車は2016年8月15日から運行を開始し、2017年3月31日まで、基本的に京都の西舞鶴から兵庫県の豊岡間を往復します。
その日によってダイヤが違い、運行ルートや便は10日ずつ、京都丹後鉄道のウエブサイトで更新されます(運行しない日もあります)。



▲車内はこれまでの名場面がネットワークでつながっているかのような整然としたデザイン



▲思考できる戦車「タチコマ」が随所に








電脳犯罪に挑むハードボイルドなこの作品世界で彩られた車両が、日本海が広がる京都の北端を走りぬけているのだと思うと、その近未来的な光景に胸の高鳴りを抑えきれません。


いったいなぜ、かわいいキャラクターものでも萌え系でもなく、激シブな攻殻機動隊だったのか。
京都丹後鉄道(WILLER TRAINS 株式会社)経営企画室リーダー、須藤久寿さんにお話をうかがいました。



▲京都丹後鉄道(WILLER TRAINS 株式会社)経営企画室リーダー、須藤久寿さん


――いろんなアニメーション作品があるなか、攻殻機動隊を選ばれた理由はなんだったのでしょう?


須藤
「もともとのきっかけは宮津市にある『白糸酒造』さんという酒蔵でした」


――さ、酒蔵……ですか??


須藤
「はい。京都丹後鉄道の沿線はきれいな水と良質なお米に恵まれた酒どころで、13軒もの酒蔵があるんです。そのうちのひとつ、天橋立にある白糸酒造さんは江戸時代から続く老舗です。そちらの取締役の宮崎美帆さんが、たいへんアニメがお好きな方で、アニメ作品がラベルになったお酒をたくさんお出しになっています。もちろん攻殻機動隊もお好きでいらして、地元の天橋立ホテルで複製原画展を開催されることになったんです。沿線でそういった動きがあるのなら、当社でも告知協力として一緒に何かできないかとお話をしました。そういった経緯の中で今回の企画が実現したんです」


白糸酒造株式会社
http://sake-shiraito.com/


――攻殻機動隊ラッピング電車は、ひとりの女性ファンの熱意と尽力から始まったのですか。強い女性が主人公の攻殻機動隊らしいエピソードですね。運行を開始されて、どのような効果がありましたか?


須藤
「東京をはじめ他県から『どうやったら乗れるのか』という問い合わせが入ってくるようになりました。90年代に攻殻機動隊をご覧になっていた方が40代になり、旅のプランとして、ここにしかないラッピング電車を選んでくれるようになってきたようです。都市部から離れた一地方の鉄道が、攻殻機動隊というトンガッたコンテンツを持つことは、決して間違っていなかったんだなと思いましたね


――「トンガッたコンテンツを持つ」というのは、これからの地方活性化の示唆に富んだ重要な考え方ですね。そしてこの攻殻機動隊ラッピング電車は、特別な乗車の手続きや料金は必要なのでしょうか?


須藤
「いえ。通常運賃でご乗車いただけますし、予約の必要もございません。ときどき車内を見渡し『なんだこれ?』とおっしゃる方もおられます。でもそうやってラッピング電車をきっかけに作品に興味をもってもらえるといいですよね」



▲予備知識なしで乗車すると確かに「なんだこれ」と思うかも








――興味を持たないなんて無理なほど、車内は攻殻機動隊のさまざまな名場面が目白押しですね。なかには『このシーンを選ぶとは、なんてマニアックな』と思ったカットもあります。


須藤
「マニアの方がご乗車になって『つけ刃だ』とがっかりされるといけませんので、白糸酒造の宮崎さんにレイアウトを考えていただき、京都を拠点にマンガ・アニメなどのコンテンツを活かした産業振興を行っている一般社団法人GO-TANに協力してもらい内装しました。ひじ掛けなど細部まで装飾しているのでそのこだわりの部分も楽しんでいただけると思います」



▲これまで上映された劇場公開作品の数々が過不足なく一両に収められている












▲テーブルなど細部まで名シーンのカットが使われており、すみずみまで楽しめる





――ストーリーや登場人物が異なる劇場版それぞれの名場面がよどみなく収められていて、さすがです。車窓を流れる景色とあいまって、自分もシチュエーションの中にいるような錯覚すら覚えます。得難い経験ですし、せっかくなら記念に残るようなグッズもあると嬉しいのですが。


須藤
「それが実は、あるんです。普通列車と快速列車が1日乗り放題となる記念切符(大人2000円 子供1000円)にはテレビアニメ『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』シリーズのマスコットキャラクターともいえる人工知能(AI)搭載戦車“タチコマ”を載せています。懐かしい“硬券”をイメージしたデザインなので、アニメファンだけではなく鉄道ファンの方にも喜んでいただいております。硬いキャラクターなので、硬券がいいだろうということになったんです。付属のクリアファイルには、日本三景のひとつ天橋立をバックに列車の旅を楽しむ主人公・草薙素子の姿があります。このクリアファイルのために特別に描きおろしていただいたものなんですよ。京都丹後鉄道の有人駅ならどちらでも購入できます(売り切れとともに販売終了)」



▲1日乗り放題の記念乗車券を購入すると主人公・草薙素子が天橋立をバックに列車の旅を楽しむ描きおろしクリアファイルがもらえる



▲懐かしい硬券(切符)をイメージした紙に“硬い”タチコマがプリントされた記念乗車券(この乗車券自体は硬くはありません)


――それはレアですね! なにより、素子がのんびり旅を楽しんでいるというシチュエーション自体が極めて貴重です。それはもう攻殻機動隊外伝ですよ。


須藤
「そういった非日常を楽しんでいただければ。京都丹後鉄道の沿線はよく霧が出るんです。その幻想的な風景が名物でもあります。そういったファンタジックな風景とアニメーションは相性がいいと思うんです。とにかく景色がいい鉄道ですので、一本の作品を観るような気持ちで、くつろいでご乗車いただきたいです」


あのストイックな性格の草薙素子が思わず笑みをもらすほど風光明媚な京都丹後鉄道。
車窓に広がる光景は自然の恵みに溢れ、とてもドリーミー。
まるで「光学迷彩」のように自分自身が風景と溶け合ってゆくようで心地いいのです。


そして、もやがかかって情趣をたたえた日本海は、攻殻機動隊のひとつのテーマである“広大なネットの海”につながっているような。
はじめは「なぜ攻殻機動隊のラッピング電車が海沿いの街を走るの?」と思いましたが、むしろここがもっともふさわしい場所ですね。



▲きれいな車窓の景色を眺めながら、純白(イノセンス)な心を取り戻したいものです


京都丹後鉄道(丹鉄)WEB SITE
http://trains.willer.co.jp/



(吉村智樹)