「C」から「D」へ。KING KAZUの「バァモラァ!」をふりかえる

2016/10/12 10:30 DJGB DJGB


こんばんは、バブル時代研究家DJGBです。

サッカーのCMと聞いてまっさきに思い出すのは鋤柄昌宏(ヴェルディ川崎など)の「男はおお~かみ、生きてる限りオオカミ~(song by河島英五)」です。

2016年の秋、KING KAZUこと三浦知良選手(横浜FC)が、あらたに2社のCMに起用されています。ひとつは、キリンビバレッジの缶コーヒー「FIRE」。もうひとつは大正製薬の「リポビタンD」です。カテゴリーが異なるとはいえ、2つの飲料のCMに同時に出演することは異例ですが、それよりもまず2社から同時にCMオファーが舞い込むこと自体、彼の存在の大きさを示しています。

今日はそんなKING KAZUの歩みを、90年代前半のCMからひも解いてみます。



■TVCMに起用された初の日本人プロサッカー選手!

●サントリー 「ビア吟生・殻破りビール」(1991年)


1990年に読売サッカークラブと契約し、ブラジルから日本に戻ってきたKAZU。翌1991年、当時21才の彼は日本人プロサッカー選手として初めてTVCMに起用されます。あの釜本、奥寺でも成しえなかった快挙でした。

同時に起用されたのは、のちにメジャーリーグで旋風を巻き起こすプロ野球・近鉄バファローズの野茂英雄(当時21才)、豪快なドライバーショットで“怪物”と呼ばれたプロゴルファーの川岸良兼(当時25才)。製品の特長に合わせ、各界の“殻破り”な選手がチョイスされました。



■何て言っているのか分からなかった「Vamo la!」

●サントリー「デカビタC」(1992年)


「ビア吟生」の翌年、KAZUは新発売の栄養ドリンク「デカビタC」のCMに起用されます。「プロサッカー選手 三浦知良」というクレジットに注目です。Jリーグの開幕はこの年の9月。お茶の間ではまだ、おしゃれなスーツでリフティングをする若者に、説明が必要でした。

最後にKAZUが叫ぶ「Vamo la!」は、ポルトガル語で「さあ行こう!」という意味。WikipediaもTwitterも無い当時、お茶の間の人々には、KAZUが何と言っているのか確認する術はありませんでした。

この年末を象徴する映像がこちら。貴・りえが付き合っていたのって、わずか2か月なんですね…。


●貴・りえ&カズ・りさ子 幸せいっぱいXマスパーティ(1992年)




■MVP、結婚、そしてドーハの悲劇…。

●サントリー「デカビタC」(1993年)


猫も杓子もチアーホーンにフェイスペインティング。世間がJリーグブームに沸いていたこのころ、「デカビタC」のCMは少しだけスポーツ路線にシフトします。本格化するアメリカワールドカップ予選を意識してのものでした。

この年、KAZUはヴェルディ川崎の新主将として、また日本代表としてフル回転。チームとしてはナビスコカップ2連覇、ニコスシリーズ優勝、個人としてもオールスターとJリーグの初代MVPに輝きます。35才以上の世代なら必ず記憶にある「割れた風船から真っ赤なスーツで現れるKAZU」は、この年の12月18日に開催された「Jリーグアウォーズ」での一コマでした。


1993年のKAZUの活躍と、真っ赤なスーツを久しぶりに映像でどうぞ。

●J.League 1993 Season MVP Kazuyoshi Miura (Verdy Kawasaki) Movie(1993年)


いっぽう、KAZU自身はアジア予選の得点王に輝いたものの、念願だったワールドカップ初出場には、あと一歩で手が届きませんでした(「ドーハの悲劇」)。プライベートでは前出の設楽りさ子(現・三浦りさ子)と結婚するなど、公私ともに激動の1年と言えます。



■衝撃の長髪と、セリエAデビュー戦

アスリートとしての知名度が飛躍的にあがったKAZUには、次々CMオファーが舞い込みます。

●ブリヂストン 「Gグリッド」(1994年)


この年の9月、新たな挑戦の場を求めたKAZUは、海を渡りイタリアへ。イタリアといえばパスタ、ということで、ネスレ日本はKAZUを「ブイトーニ」のCMに起用します。髪が長い!


●ネスレ日本「ブイトーニ」(1994年)


「デカビタC」も、KAZUの所属チーム、ジェノアを意識したバージョンに。最後のセリフはポルトガル語の「Vamo la!」から、イタリア語の「Forza!」へ。


●サントリー「デカビタC」(1994年)


9月4日のセリエAデビュー戦の前半28分、KAZUはフランコ・バレージ(当時ACミラン)と激突し、眼窩と鼻骨が陥没する大けがを負います。12月には復帰し日本人初ゴールを記録したものの、結局イタリアでの得点はこの1点のみでした。が、この経験はのちにピッチ上のみならず、缶コーヒー「ジョージア ヨーロピアン」のCM(2011年)でも活かされます。



■まとめ:KING KAZUのブレない挑戦はまだまだ続く

日本人プロサッカー選手初のTVCM起用からおよそ四半世紀。KAZUが道を切り拓かなければ、のちの「前園さんの言う通り~」、「イジメ、かっこ悪い」、「ヒデ、ラーメン食いたくね?」「行くか、ゾノ」も存在しなかったのです(選手に偏りがあることはご容赦ください)。

●大正製薬「リポビタンD」(2016年)



摂取する栄養はビタミンCからタウリン1000mgへ、比肩される野球選手は野茂英雄から大谷翔平へ、そして決めゼリフは「Vamo la!」から「ファイト!一発!」へと変わりました。この期間ずっと現役アスリートとして活躍し続けているKAZUの偉大さは、あらためて私が指摘するまでもありません。

サッカーバブルと言われたJリーグ開幕当初は「サッカー選手のくせにアルマーニなんか着て色気づきやがって…」とオヤジ層から揶揄されることもあったKAZUですが、もう誰も文句は言えないでしょう。

KAZUさん、これからもブレないプレーとCMお願いします。たまには「デカビタC」のCMで共演した城や岡野のことも思い出してあげてくださいね!


(バブル時代研究家 DJGB)