なんと吊り革まで食べられる「市電カフェ」へ行ってきた!

2016/9/26 11:33 吉村智樹 吉村智樹





▲市電カフェの吊り輪はパンでできています。想い出とともに噛みしめてください。



こんにちは。
関西ローカル番組を手がける放送作家の吉村智樹です。
ここでは毎回、京都を旅しながらキャッチした情報をお伝えしております。


いま、季節はすっかり秋に。
日差しも和らぎ、お出かけに最適なシーズンとなりました。


「今度の休みは、カフェへ行って、ほっこりしようか」
「それとも路面電車に揺られながら、プチ旅してみようかな」


休日の過ごし方の選択肢が増えるのも、嬉し悩ましですね。
カフェへ行こうか、それとも電車で旅をしようか。
ならば、そのふたつの楽しみを、同時にかなえてみては? 京都のこの店で。

その名は「市電カフェ」

文字通り「市電」(市営の路面電車)の廃車両を店舗として再利用したカフェ。
しかも、この市電カフェは世にも珍しい「吊り革まで食べられる電車カフェ」なのです。


吊り革を、食べる?
なんですかそれは。
Dr.スランプのガッちゃんですか。


いったいどういうお店なのか、わたくし、吊り革をかじって歯が欠けやしないか心配になりつつも、行ってまいりました。


ウワサの市電カフェが停車(?)するのが梅小路公園の一画。
平成26年(2014年)の3月にうまれた、いまはなき京都市電の車両4両が静態保存された「市電ひろば」内にあります。
京都水族館と京都鉄道博物館のあいだに位置する、穴場な場所。
遠目には路面電車の駅にも見える、鉄道浪漫に溢れたスポットです。



▲人気の「京都水族館」を越えて、そのまままっすぐ歩いて行くと……。



▲旧車両4両が並ぶ「市電ひろば」が出現。梅小路公園のはずれに唐突に現れる感じがインパクトあります。


そしてこちらがウワサの「市電カフェ」



▲間違える心配なし! 記念列車のごとく大きく「市電カフェ」と書かれています。



▲カフェだけどちゃんとレールの上に停車しています。


大正時代に造られ、京都の街を実際に走行していた車両を用いてオープンしたカフェです。
窓上がクリーム色、腰部はグリーンのツートンカラー。
地味ながら目を引く、ピシッとした誠実さを感じるデザインですね。


ここで言う「市電」とは、かつて京都市交通局が運営していた路面電車のこと。
明治28年(1895年)に京都市交通局が日本最初の一般営業用電気鉄道として開業し、「市電」の愛称で親しまれ、永く京都市民の暮らしを支えてきました。
烏丸線、四条線、丸太町線、千本・大宮線の4路線が縦横無尽に街を行き来し、バスでも地下鉄でもない、独特な交通網を敷いていたのです。


そう、いまでこそその様子を想像するのは難しいですが、かつて京都は「市電の街」「ちんちん電車の街」だったのですね


しかし自動車が多くなるなど道路状況の変化から、昭和53年(1978年)をもって路上を走る市電は全廃されました。


わたくしの幼少期には、まだ京都の街には、ほうぼうに市電がめぐりめぐっていました。
人出も車も多い祇園四条を市電が切りさくように通り抜けていました。
そんな情緒とスリルが併走する光景を、いまも鮮明に憶えています。
なので、こうしてカフェとして蘇った彼の姿を見て、うぅ(涙)。
懐かしさのあまり早くも涙腺が渋滞を引き起こしております。


それにしても不思議です。
昭和53年に運用を終え、平成26年にこうして再び陽の目を浴びた市電の車両。
それまで彼はいったいどこにいたのでしょう?
そして、どういういきさつでカフェとして再出発を果たしたのでしょう?


この市電カフェを運営する株式会社エーゲルの企画事業部、大峯香菜さん(27歳)にお話をうかがいました。



▲「市電カフェ」の企画を担当する大峯香菜さん。


大峯
「この500形505号車の廃車両はカフェをオープンするために私どもが京都市からお借りしました。もともとは昭和45年(1970年)5月の伏見・稲荷線廃止にともない運用を終えたもので、以来46年間、烏丸車庫~竹田車庫に保管されていました。その車両を、ご縁があってお借りすることができたんです。そして車庫から出して積載車に乗せて、道路を使ってここまで運んできたんです。路面電車の車両が深夜に九条通りを走って運ばれてくる様子は壮観で、当時はずいぶん話題になったんですよ」


そうだったんですか。
退職後は46年も車庫で眠っていたのですね。
再びお客さんを乗せることとなり、彼もきっと喜んだでしょう。
そして車に積載していたとはいえ、彼が再び京都の路面を邁進してここまでやってきたのだと思うと、胸アツすぎてもう涙のラッシュアワーです。


乗車してみると、おお、なんという麗しいレトロモダン(ため息)。
これはくつろげる雰囲気ですね~。



▲500形「505」の文字が。また背面からも、この車両の大半の部分が木造であることがわかる。



▲当時の雰囲気をできるだけ残して整備された店内。この日、お茶をしていた女性も、京都市電の想い出を語ってくれた。



▲京都市電を知らない世代の人たちも大喜び。


気品のある飴色で統一された車内は、リラックスできるだけではなく、一時期の京都を支えたプライドをも感じさせてくれます。


大峯
「往時の趣きを残しつつ、半分はキッチンスペース、半分は飲食スペースに改装しました。この500形は他の車両に較べれば大型で、おかげで広々としたカフェにすることができました。改装と言っても、極力手を加えてはいません。吊り革の大丸の広告など付属品はできるだけそのままの姿を残しています。アンティーク調のおしゃれなランプシェードも、もともとあったものなんですよ」



▲キッチンスペース。メニューは吊り広告ふうという凝りよう。



▲吊り革の「大丸」の広告など、レトロなアイテムがそのままの姿で残っている。



▲いつごろ取り付けられたものかは不明だが、倉庫に眠っていた時からあったというグッドデザインなランプシェードもそのまま使われている。












▲京都市電に関する文献や当時の貴重な写真も豊富で、閲覧できる。


ということは、“レトロ風”なのではなく、天然の、本物のレトロが味わえるのですね。
長く休暇をとっていた時間が、この得難いラグジュアリー感を熟成させていたのだと思います。
お客さんの反応はいかがですか?


大峯
「やっぱり懐かしんでくださる方が多いですね。『むかし、これに乗ってたんよー』『学生時代によう使ってたんや』って。なかには『これ、私なんです』って、この505号車(以下505)の前で撮影した当時の家族写真をお持ちくださった方もおられます。市電が走っていた時代を知らない十代二十代の若い女性たちからは『レトロでかわいい』と好評です。あと外国からのお客様も多いですね。『OH!』と驚かれます」


この505の前で記念写真を撮っていた家族がいたなんて、本当に愛された車両だったんですね。

そして先ほど「他に較べて大きな車両」だとうかがいましたが、この505には、なにかほかに特別な仕様があるのでしょうか?


大峯
「大きな特徴は扉が3枚あるところです。いまは埋められていますが中央に扉がある珍しいタイプなんです(昭和33年頃、座席を増やすため廃止)。お客様のなかには『自分は電車が好きで、これまでいろいろ見てきたけれど、3枚扉の京都市電は初めて出会った!』と驚かれる方もいらっしゃいました。505は昭和以前にできた車両なので、私どももお客様から聞いて初めて知ったことがとても多いです。『京都市電は塗装をしなおすとき、いったんニスをはがしてから塗りなおすんや。そやからいまでもこんなにきれいやねん』って豆知識を教えてくださったり。私自身、大学進学のために京都に来ましたので、この市電が街を走っていた時代を知らないんです。ですからとても勉強になります」


なるほど。
この505は、カフェとして再利用された車両というだけではなく、市電の歴史のなかでもとりわけ貴重な展示物でもあるのですね。
なおのこと、いまここにいるひとときが重厚なものに思えます。



▲505に残されていた貴重な方向幕を手ぬぐいにするなど現代に受け継ぐアイデアが冴えている。



▲当時の切符も手ぬぐいに拡大して染め、こうしてディスプレイ。


そしてそういったレアな車両なら、いやらしい話ですが、極力手を加えていないとはいえリフォームにはそこそこお値段が張ったのではないかと。


大峯
「改装費ですか? それは正確には算出できないと思います。なぜなら改装の多くの部分を私たち社員が自分たちの手でやったからなんです。内装のデザインもして、カウンターも弊社の者が取りつけましたし、床のワックスがけもみんなでやりました。車両内に流れるアナウンスも、当時の雰囲気を残しながら、弊社の女子スタッフの声を録音しました。そんなふうに手仕事で一丸となって造った市電カフェなので、想い入れは深いですね」



▲カフェ化の際には社員総出で改修を。床のワックスがけも自分たちの手で行った。


おお、このカフェは手づくりの部分が多いのですね。
明治から昭和にかけ、おそらく多くの若者たちの青春時代に立ち会ったであろうこのヴィンテージな505。
セルフリノベーションはたいへんだったでしょうが、スタッフ一丸となって車両をカフェとして蘇らせる作業は、文化祭前日の追い込みにも似た青春の高揚感があったのではないでしょうか。
そこがうらやましいし、その情熱がこのカフェの魅力にもつながっていると感じます。


さて、いよいよ話題の「食べられる吊り革」をいただきましょう。
正しくは「食べられる吊り革の輪」ですね。



▲いくつか、色が違う吊り輪が。実はこれ、パン。


商品名は「カタカタつりわぱん」
本当に吊り革と並んで吊られてディスプレイされているため、遠目には本物と見分けがつきません。
吊り革の丸い持ち手がパンになっていて、普通に食べるだけではなく、パン食い競争のようなゲームにも使えそう。


▲「カタカタつりわぱん」1個250円 5個セット1,200円(ともに税込。以下すべて税込)。種類:シュガー、ごま、岩塩、シナモン。季節限定:ざらめ。



▲包装もかわいい!


大峯
「カフェをオープンするとき『市電らしく、そしてお客様がくすっと笑えるようなフードを提供したいね』って考えて、話しあって誕生したのがこれです。かなりリアルでしょう? 間違えて本当につかんでしまう方もおられるんですよ。パンにしては硬い? そうなんです。吊り輪なので、京都のパン屋さんに、ちょっと硬めに焼いていただいています。なんせ前例がないため、イタリアの『グリッシーニ』(スティック状の細長いパン。クラッカーのような食感)を参考にしながら試行錯誤を重ねました。吊った状態で販売できるのが珍しいですし、買って帰って、おうちでも吊っていただいて、市電の雰囲気も味わっていただけます」


食べてみると、香ばしくて本当においしい!
硬めなので、噛むとさくりとあちこちに裂けます。
その食感が楽しいし、円環なので持ちやすい。
吊り革の輪を食べるという、電車というシチュエーションでなければありえない非日常なカフェフードは、形状のみならずその味のよさや食感のおもしろさもあり、8月になんと2万本もの売り上げを記録したのだそう。
これはもはやニュータイプの駅弁といえるでしょう。


市電カフェのおいしいものは、それだけではありません。
カタカタつりわぱんのみにとどまらず、さらに次の駅へも向かいます。


大峯
「せっかく京都でカフェを開くのだから、食材も京都にこだわろうと。先ずコーヒーは京都で焙煎したオリジナルブレンド。ソフトクリームは『美山牛乳』(大自然にかこまれた京都府美山町で生産された生乳のみの成分無調整ミルク)を原料とし、このカフェのなかで手づくりした自家製。ですのでこのカフェのソフトクリームはできたてで新鮮なんです。ほかにも私たちが畑から育てた京北の赤しそジュースや、京丹後産の塩を使ったポップコーン、堀川のごぼう茶など、京都のおいしいものをたくさん味わっていただけます」


なんと、ここにいるだけで、美山、京北、京丹後など、京都の風光明媚な場所をめぐることができ、味のワンデイトリップが楽しめるのですね。
ソフトクリームには、ここでしか味わえない特別運行のメニューも。



▲新鮮な美山牛乳をたっぷり使ったソフトクリームに色とりどりな京都産「ひなあられ」をまぶした「京都なないろソフトクリーム」(400円)


大峯
「これ、かわいいでしょう? 『京都なないろソフトクリーム』といいます。美山牛乳のソフトクリームに、お米でできた『ひなあられ』をまぶしました。ひなあられは下京区の豆富本舗さん(明治41年に創業した100年続く豆菓子の銘店)の季節商品なんですが、甘くてサクサクしていて、かわいくておいしいから、お願いして年中作っていただいているんです」


ほんのり甘く、カラフルでプチプチした歯ざわりのひなあられが、フレッシュミルクたっぷりのソフトクリームと相互乗り入れし、未知なる美味へとアクセス。
おいしいのももちろん、車窓をながめがらいただくと旅情が加味され、格別なお味に。


そう、車窓からの眺めがきれいなんですよ。
こうしてここで過ごしていると、楽しい市電旅をしたような、晴れやかな気分になりますね。


大峯
「車両の周囲は緑が多く、桜や梅の樹がたくさん植えられていて、春になったら車窓からお花見ができます。夏は芝生が青々としてとてもきれいで、秋は紅葉、冬は雪景色が楽しめます。カフェにいながらにして電車に揺られて旅をしている気分が味わえます。実際、歩くとちょっと揺れるんですよ。揺れるたびに小さなお子さんが『これ動くのー?』って、きゃっきゃきゃっきゃ喜んでくれて。その反応がとても嬉しいですね」



▲春は車窓から、らんまんに咲く花々を愛でられる。



▲店内に貼られていた「雪の日の市電カフェ」の写真。完全に雪國の光景。あえてこんな日に行ってみたい。



▲陽暮れのあともヘッドランプが映えて最高! 灯りに照らされ、手前の地面に当時の路線図が彫られているのがはっきり見える。


車窓から四季折々の景色が楽しめ、さまざまな世代の人がそれぞれの想いにひたれる市電カフェは、言わば街場のターミナル。
吊り輪をかじりながら、あなたもそんな人の輪に触れてみませんか。



▲「行楽シーズンですので車内だけではなく、テイクアウトして梅小路公園でハイキングもおすすめです」と話す大峯さん。



名称●市電カフェ
住所●京都府京都市下京区観喜寺町1‐15 梅小路公園内 市電ひろば505
営業時間●10:00~18:00
定休日●年末年始
電話番号●090-3998-8817
facebook●https://www.facebook.com/shidencafe
Twitter●https://twitter.com/shiden_cafe



(吉村智樹)