流行りの「たらしこみネイル」は日本美術・琳派が産みの親だった!

2016/8/2 13:00 Tak(タケ) Tak(タケ)


絵画鑑賞に興味はあっても、なかなか実際に美術館・博物館へ足が向かない理由に「観ても何が描いてあるのか分からない。」という不安を抱えている人が多くいます。

回数を重ね、観慣れてしまうとそんなことは気にせずに楽しめるようになるのですが、初めの一歩を踏み出すのがどうも他のエンタメに比べ敷居の高いように思われるようです。

西洋絵画ならある程度のキリスト教に関する知識を必要としたり、美術の歴史(美術史)が頭に入っていないと、美術館へ行ってもただぼーと眺めるだけで終わってしまいかねません。

前回の「世界遺産に登録された国立西洋美術館を10倍楽しむ5つの方法」では、美術館や建物自体の見どころについてご紹介しました。

今回は先月23日から南青山にある根津美術館で日本美術(古美術)の見方を丁寧に紹介する展覧会「はじめての古美術鑑賞」がスタートしたので、そちらをご紹介しますね。



まずは、こちらの絵をご覧ください。江戸時代前期に活躍した琳派の絵師・喜多川相説の描いた「四季草花図屏風」です。


喜多川相説筆「四季草花図屏風」江戸時代・17世紀
根津美術館蔵


日本美術に典型的な一枚の作品の中に四季を花々によって表現する美しい屏風です。和歌や絵画で四季の移り変わりを表現していた日本人。素直にこうした絵の前に立ち「いいな~」と感じられるのは、そのDNAをしっかりと我々が引き継いでいるからに他なりません。

さて、この屏風の細部を観て行きましょう。拡大しますね。

四季草花図屏風(部分)

どうでしょう、全体図で観た時と随分と印象が変わってくるのではないでしょか。植物の葉っぱにこれほどまでグラデーションらしきものが施されていることにまず目が行くはずです。

こうしたグラデ表現のことを専門用語で「たらしこみ」と言います。女誑し(おんなたらし)の「たらし」ではありませんよ、「たらしこみ」は、絵具や墨で色を塗り、それが乾かないうちに上からさらに絵具や墨を垂らし、わざとにじませる日本画のテクニックです。

喜多川相説の師匠にあたる、俵屋宗達(琳派の祖)があみ出した、必殺テクニックです。この後何百年にも渡りこの技法が継承され今に至っているのです。輪郭線をしっかりと描き、色を丁寧に塗り固めていく西洋画との大きな違いです。日本人はこうしたぼんやりとした表現がとにかく大好きなわけです。

因みに、一昨年から女子の間で人気の「たらしこみネイル」の語源が日本画の技法だってご存知でした?!四季を愛でる感覚だけでなく、こうしたゆるふわでぼんやりした表現もまた我々のDNAの中にしっかり生き続けていたのですね。



さて、更に時代をさかのぼって室町時代に雲渓永怡という絵師が描いた水墨画を観てみましょう。


雲渓永怡筆・沢庵宗彭賛「山水図」室町時代・16世紀
根津美術館蔵・小林中氏寄贈


先ほどの作品に比べ、黒一色で表現された世界はちょっと近寄りがたいものがあります。何も知識無しで観に行っても1分この絵の前で立っているのも辛いかもしれません。

しかしこうした水墨画も表現や技法を知っているだけで、見え方がまるで変わって来るのです。拡大してみましょう。


「山水図」(部分)

かなり、荒々しいタッチで描かれているのが分かりますね。「たらしこみ」に比べるととても乱暴な表現にも見えます。これを「溌墨」(はつぼく)と呼ぶそうです。

今回の展覧会ではこうした難解な専門用語を誰にでも理解できる平易な解説文と共に紹介しているのが大きな特徴のひとつです。「溌墨」はこんな説明がなされていました。

“墨をたっぷりつけて、それをはねちらかすように、大胆な筆さばきで一気に形状を表現する技法。墨色の濃淡の変化で立体感を表す。”

この説明を読んでからあらためて先ほどの作品を観てみると、確かに荒々しいだけでなく、立体感、前後の奥行きなどが表現されていることに気が付きます。たった墨一色でもこれだけ多彩な表現が出来るのですね。驚きです。

「はじめての古美術鑑賞 絵画の技法と表現」では、このように、日本美術の専門用語を本物の(しかも一級品の!)作品を実際に観ながら体得出来るこれまでになかった展覧会です。

夏休みとあって、子ども向けの展覧会を仕掛ける美術館・博物館が多い中、大人向けの骨太な企画を持ってきたあたり、根津美術館さんらしく好感が持てます。


・著者の展覧会レビュー記事
http://bluediary2.jugem.jp/?eid=4420


はじめての古美術鑑賞 絵画の技法と表現
会期:2016年7月23日(土)〜9月4日(日)
開館時間:午前10時‐午後5時(入館は午後4時30分まで)
休館日:月曜日

日本の美術、とくに古美術は西洋美術にくらべてむずかしい、あるいはなんとなく敷居が高い、という声をよく耳にします。日本の古美術の解説に用いられる耳慣れない専門用語が鑑賞のさまたげになっていると考えられる方もいらっしゃるでしょう。しかし、逆にそれらの用語を少しでも覚えてしまえば、見方や興味が広がり、日本の古美術の面白さやすばらしさをさらに深く体感できるようになるはずです。この展覧会では絵画の技法やその用語を、とくに墨と金の使用法を中心に、作品を例にとってやさしく解説しています。皆様の鑑賞がより深まれば幸いです。
http://www.nezu-muse.or.jp/



そうそう、根津美術館は南青山の超一等地にありながら、広大な庭園があるのでも有名です。広い庭園内を展覧会鑑賞後に散策する楽しみもあります。

庭園内にはIngressのポータルや、ポケモンGOのポケストップとなっている箇所もいくつかあります。



展覧会の図録の代わりにこちらが超お勧め!

日本美術図解事典―絵画・書・彫刻・陶磁・漆工