『美術館の舞台裏』を読まないと展覧会へは行けません。

2016/2/2 13:00 Tak(タケ) Tak(タケ)


「今、スゴイ本を書いているから、楽しみにしてて。」と少年のような笑顔で、執筆中の著書に対する情熱を、口調や仕草、体の全てに乗り移らせて話していたこぞの秋。

12月に筑摩書房より刊行となった『美術館の舞台裏』。著者の高橋明也氏の言葉に嘘偽りはありませんでした。それどころか、ここまで赤裸々に書いてしまって大丈夫なの?とこちらが無用な心配をしてしまうほど濃密な内容となっていたのです。


美術館の舞台裏: 魅せる展覧会を作るには

本が売れない時代と言われる昨今ですが、この本に関してはそれは無関係のようです(長くAmazonでもベストセラー1に君臨し、時に品切れ状態となっていました)。何故それほど読まれているのでしょう?答えは明確でシンプルです。それはwebにもどこにも書かれていない本当の意味での“美術館の裏側”が綴られているからです。

新書の帯には「分かれば展覧会が3倍面白い!」と謳われていますが、これは随分と控えめ過ぎるコピーだと言わねばなりません。何十倍も面白くなると共に、展覧会そのものに対する見方や姿勢が変わること確実です。逆に読まないと……「スゴイ本」「ヤバイ本」であるゆえんがここにあります。

【目次】
はじめに
第1章:美術館のルーツを探ってみると……
第2章:美術館の仕事、あれやこれや大変です!
第3章:はたして展覧会づくりの裏側は?
第4章:美術作品を守るため、細心の注意を払います
第5章:美術作品はつねにリスクにさらされている?
第6章:どうなる? 未来の美術館
あとがき


著者が館長を務める三菱一号館美術館

高橋館長が提唱する「タフな美術館」をめざし、「PARIS オートクチュール― 世界に一つだけの服」展、「From Life ― 写真に生命を吹き込んだ女性 ジュリア・マーガレット・キャメロン展」といったこれまで扱われてこなかった企画展が今後目白押しです。
三菱一号館美術館公式サイト:http://mimt.jp/

「グローバルな規模で熾烈なビジネス競争が繰り広げられている昨今、美術館運営も大きな節目を迎えつつあります。(略)展覧会における集客も美術館存続の要となっています。それゆえ、美の殿堂であるはずの美術館は、必ずしも美しい話ばかりで満たされているとは限りません。一つの美術館の運営、展覧会の開催の裏には、皆さんの想像以上にいろいろなドラマが起こり、金銭的あるいは政治的な手段を含むさまざまな駆け引きも行われます。」

「はじめに」でこうした視点で展覧会を捉えていることを示され、読者の興味関心を一気に鷲掴みにします。読み始めたら普段展覧会へ行かない人であったとしても「へ~こうなっていたんだ~~」と裏側を垣間見れた喜びに浸れるはずです。況や展覧会、美術館好きであれば猶更です。

第1章から最終章まで一般の我々の知りえない裏話のオンパレードで思考が追い付かないかもしれません。美術館スタッフ、展覧会担当者ですら知りえないことまで高橋氏が書けるのは、何よりも35年という長きにわたり美術業界で培われてきたノウハウ、経験があってのことです。

日本の展覧会が抱えている問題点、課題だけを読んでもまさに目から鱗ではないでしょうか。また世界中に幅広い人脈とパリ・オルセー美術館開館準備室に客員研究員として在籍していた経験(当時隣のデスクには現在のオルセー美術館館長のコジュヴァル氏がいたそうです)をベースとした海外の美術館話も興味津々です。

2011年にリニューアルオープンしたオルセー美術館の照明と壁の色は、コジュヴァル館長が、高橋氏が館長と務める三菱一号館美術館を訪れた際に大きなヒントを得ているそうです。


リニューアルオープン後のオルセー美術館。シックな壁の色と吉岡徳仁さんのデザインしたベンチ「Water block」が印象派の名画をより一層美しく魅せます。

(参考)
吉岡徳仁:オルセー美術館リニューアルプロジェクト 
 

パリ・オルセー美術館がぐっと身近に感じられるこうしたエピソードもさり気なく盛り込まれていると思えば、アメリカの美術館事情ではこんな「裏話」も!

(引用) 「実はアメリカの館長にとって、女性に好感をもたれる魅力があるかどうかは大袈裟ではなく死活問題につながります。女性のなかでも、富裕層の未亡人の心を掴むことが必須です。アメリカの美術館は寄付と合わせ、所属コレクションの多くを富裕層のコレクターからの寄贈に頼って発展してきましたから、実質的にコレクションの所有権を持っている、もしくはご主人亡きあと莫大な遺産を相続した彼女たちは、あらゆる意味で美術館最大のスポンサーとなりうる存在なのです。マダムキラーであること。それがアメリカの館長、スターキュレーターに課せられた、ある意味ミッションでもあります。」 (ここまで)

間違いなく日本で最も展覧会に精通しており、経験豊富で、しかも怖いもの無しの高橋明也氏だからこそ書ける内容です。還暦を過ぎた今でも目をキラキラさせながら展覧会や美術館について語るその姿が目に浮かんでくるようです。

タイトル負けしていないどころか、美術館の裏舞台の裏まで書き記した渾身の一冊です(きっとまだまだ書き足らないことはあると思いますが)。展覧会に興味ある人全てに、まさに必読の書です。他にこんな類書見当たりません!これ読まずに展覧会観に行ったら勿体無いお化け出てしまいますよ~

(合わせて読みたい) 『美術史家に聞く』:高橋明也先生 
http://bluediary2.jugem.jp/?eid=2236
 

美術館の舞台裏: 魅せる展覧会を作るには』(ちくま新書)
高橋明也(著)

商業化とグローバル化の波が押し寄せる今、美術館では想像以上のドラマが起きている。展覧会開催から美術品を巡る事件、学芸員の仕事……新しい美術の殿堂の姿!



(おまけ)
今から10年以上も前、国立西洋美術館の学芸員であったころに手掛けた「ラ・トゥール展」(2005年)の評価を、webで小まめにチェックしていた高橋氏。きっとこのコラムも欠かさず目を通してくれているはずです。ツイートやFBでシェアし高橋氏をPCの前から離れられなくしましょう(笑)