貧乏アイドルと崖っぷちのプロデューサーが放つ希望

2015/10/9 16:30 小池啓介 小池啓介



ザ・ノンフィクション」より


10月4日にフジテレビで放送された『ザ・ノンフィクション 貧乏アイドル漂流記』を見ました。

その内容全部がアイドル・ファン必見とまではいいませんが、奇妙な輝きを放つおもしろいアイドルに出会うことができました。

番組では、“アイドル稼業”にまつわる三人の人物に、順番にスポットがあてられます。それぞれ、アイドル界のなかでも崖っぷちにいる人々です。

バイク雑誌のモデルをし、「ヤンキーアイドル」という独自の路線を行く26歳の藤本久美(ふじもとくみ)。大阪で1,000万円を投じてアイドル育成型カフェを運営する平安慶丞(ひらやすけいすけ)は40歳の男性。しかも妻子持ち。33歳で地下アイドルからの引退を決意した自称「黒人ハーフアイドル」のメラ。
なんとも濃い人々でした。


■無謀な挑戦?

2番目に登場する平安慶丞代表・プロデューサーはもちろんアイドルではなく、アイドルのいわゆる“運営”に携わるひとです。 元会社員でしたが独立し、何を思ったか突如アイドルビジネスに参入してしまいます。

大阪・日本橋にかまえたカフェ「POPiD」を発信基地として、自らが育てたアイドルを“全国デビュー”させることが目標ですが、なんだか漠然としていて、大丈夫なのかと心配になります。

彼がプロデュースする(ちなみに楽曲の大半も元バンドマンの経歴をもつ平安プロデューサーが作っています。けっこう渋くていいです)アイドルグループはPiGU(ピグ)。カフェの店員からの選抜メンバーです。

カフェの店員がメンバーとなるアイドルでは、2008年から続く老舗グループのアフィリア・サーガや、大食いアイドルもえのあずきがいるバクステ外神田一丁目が有名です。また、地域に根差した活動を続けるアイドルは枚挙にいとまがありません。

たとえば福岡などはその好例で、ご当地を拠点にした大所帯グループLinQや橋本環奈を擁するRev.from DVLなどがよく知られています。地域密着を貫き新潟において12年に及ぶ活動を継続してきたNegiccoは、地方アイドルのロールモデルとなる存在といえるでしょう。

PiGUには若干、アフィリア・サーガっぽさもありますが、目が行くのはコンセプトや運営の方法よりも前のめりの姿勢。“全国デビュー”という目標に向けて、ひたすら突き進んでいきます。

とにもかくにも、これといった後ろ盾もなく秋葉原に打って出ようとする。“東京進出”が最大の目標なのです。地方を軸に活動するご当地アイドルがそれなりに話題になるご時世に、ドン・キホーテ的な情熱が素敵です。


■その生き方から目が離せない

彼の生き方は、突っ込もうと思えばいくらでも突っ込めるものです(藤本久美とメラにしたってそう)。

“常識”からどこかはずれているからでしょう。とりあえず否定しておかないと自分の足元が揺らでしまうから。心の中で無責任に、いじわるく突っ込みながら、でも思わず見入ってしまう。

なぜでしょうか?

たぶんそれは、ちょっとうらやましいからです。自分にはけっしてできないことをしている人からは目が離せなくなります。 肝心なのは、それが我々の考える“常識”からかけ離れていても、彼、彼女たちが本気でなにかをやろうとしていることでしょう。

ところが、打って出ようとするたびに、直前でメンバーが脱退してしまったり、東京での販売システムに後れをとったりして、平安プロデューサーは敗北を重ねていきます。

あるとき、ついにPiGUのメンバーがひとりになってしまう瞬間が訪れるのですが、そこで登場するのが、最悪の状況にも関わらず唯一その場に残ることを決断したメンバー“けいか”(奥野恵加)です。

彼女こそが、この番組にあって異彩を放つ存在でした。


■アイドルが与えてくれるもの

彼女、全然へこみません。

辞める気なんてさらさらないようで、すぐさまリーダー的な立場になり、あとから入った後輩を盛り立てていくのです。もちろん、映像には映らない場所でいろいろな葛藤があったことでしょうが、最終的に見えてくる姿はとにかくポジティブの一言に尽きる。そのオーラに巻き込まれてか、落ち込んでいた平安プロデューサーも息を吹き返します。

番組のラストで、PiGUは大型アイドルイベント(@JAM EXPO 2015)への参加権をかけたオーディションで――いいところまで行くも――あえなく落選します。その後のけいかの発言がすごいのです。

「この調子でみんなの力を借りて勢いに乗るだけかなって」

無謀な挑戦ができる人々がうらやましい。へこたれない人々がうらやましい。

けいかの姿を見ていて、アイドルとは、そういった思いを抱かせる存在のひとつでもあるんだな、とあらためて思わされました。 そしてちょっとだけ、力をもらうのです。

藤本久美、平安プロデューサーとPiGU、そしてメラ――それぞれの物語は一応のハッピーエンドのような瞬間を切り取って終わります。でも、この先この人たちがどうなるかなんて誰にもわかりません。“普通”に染まった僕たちには、世の中そううまく行くはずもないよなという気持ちもどこかにあります。

けれども、もしかするとこの人たちなら次の逆境だって何とかしちゃうんじゃないかという“希望”が見える気もする。どこかぼんやりとした表情で、少し日常から浮いた輝きを発しながら、妙な自信にみなぎっている。

そんな“けいか”という存在が、かすかな希望をすくい上げる物語のなかで、不思議な印象を残していきました。

――ってゆうか、けいかさん、テレビ出たからまだまだ行けるわって思ってそうだな。


(小池啓介)