【18歳当時の吉永小百合も!】スターたちが彩る昭和39年の新聞広告まとめ

2015/11/13 22:05 服部淳 服部淳

どうも服部です。東京オリンピック(1回目)が開催され、東京を中心に一気に先進化した1964年(昭和39年)の新聞広告を紹介するシリーズ、家電、食品に続く第3弾です。今回は、興味深い広告の宝庫である医薬品と美容健康商品の広告を紹介していきます。

では、早速見ていきましょう(以下、広告は「朝日新聞縮小版(昭和39年1月~3月版) 発行:日本図書センター」より)。
※商品の企業名は当時のものです。

医薬品・医薬部外品

■栄養剤
・ビオタミン(三共)

医薬品トップは、当時からすでに多種発売されていた栄養剤から。こちらは、7年目のシーズンを迎える前の読売ジャイアンツ・長嶋茂雄選手を起用した「ビオタミン」(2009年に販売中止)の広告。長嶋選手は前年に打率と打点の2冠を達成。本塁打は惜しくも2位(3本差)で、三冠王まであと一歩という乗りに乗っていた時期でした。

・リポビタンD(大正製薬)

その長嶋選手の3冠を阻止したのがこちら、チームメイトの王貞治選手でした。王選手を広告に起用したのは、今もおなじみ「リポビタンD」。1963年のシーズンで2年連続の本塁打王に輝き(その後13年連続まで続く)、オフに「リポビタンD」と同行でヨーロッパ旅行に出たそうです。

ちなみに、戦後日本では海外旅行は自由にすることができず、観光を目的に海外旅行ができるようになったのは、この年、1964年(昭和39年)4月のことでした。王選手がヨーロッパ旅行に出掛けたのはそれ以前のことなので、広告の業務として(業務や視察などの目的があり、国に許可されれば海外旅行は可能だった)という名目での旅行だったのでしょう。

この旅行の効果もあってか(?)、1964年シーズンには、長らく金字塔として残るシーズン本塁打記録、55本塁打を叩き出しました。

・ユベロン(エーザイ)

続いては俳優で当時はコメディアンとしても活躍していた渥美清さんを起用した「ユベロン」の広告。テレビCMも流していて、この広告の右下にある「ユベロンのんで丈夫で長もち」という宣伝セリフで、ヒットしたそうです。

後の世代からすると、「寅さん」のイメージが強烈すぎる渥美清さんですが、『男はつらいよ』がテレビで放送(映画シリーズはテレビドラマの後)されたのは、この4年後となる1968年(昭和43年)のことでした。

・ジーピル(中外製薬)

写真が小さくて見づらいですが、当時18歳の吉永小百合さんを起用した「ジーピル」の広告です(このサイズの白黒写真でさえ美しさが伝わってくるのが凄い!)。「みんな-カム・カム」というコピーで、水なしで咬んで「グロンサンとビタミンC」が摂取できることをアピールしています。

・ローゼリー(中外製薬)

栄養剤ジャンルの最後は、女性のヌード画が目を引く「ローゼリー」の広告。「カプセルを新発売しました」の「新発売しました」が遠くに行っちゃってますが、何かのミステイクがあったのでしょうか。



■内服薬
・プレコール(藤沢薬品)

内服薬の1つ目は、ホットドリンクのかぜ薬、「プレコール」です。モデルは女優の冨士眞奈美さん(当時26歳)。現在も販売されている商品名で1964年当時の発売元は藤沢薬品でしたが、その後合併、売却を経て現在は第一三共ヘルスケアが販売しています(製薬会社の合併史は、銀行並みにややこしいですね)。

・強力パブロン アンプル(藤沢薬品)

アンプルとは水溶性の薬剤が入った細長いガラス瓶のことで、アンプルカッター(下の画像。クリックするとAmazonの商品ページへ飛びます)という主にハート型をしたヤスリで瓶の細くなった部分を削り、折って内服しました。


ただ、こうしたアンプル入りかぜ薬にはピリン系製剤が多く含まれるものが多く、それによるショックで死者が続出したそうで、この広告の翌年には、厚生省(現・厚生労働省)が発売停止や回収などの指示を出したとのこと。詳しくはWikipedia「アンプル入りかぜ薬事件」にて。

・仁丹/仁丹胃腸薬A・B(森下仁丹)

内服薬の最後は、以前の記事でも取り上げた仁丹の広告です。新発売の卓上ケース付き商品だそうです。大正時代には「消化と毒けし」効果をうたっていた仁丹でしたが、1964年時点では口臭予防や乗物酔い効果に変わっていました。同広告の右端には「仁丹胃腸薬A・B」の広告も入っています。



■目薬・歯磨き粉・その他
・スーパーサンテ(参天製薬)

目薬自体は、ずっと昔から存在していましたが、現在のようなプラスチック容器入りとなったのは、この広告の2年前である1962年(昭和37年)に発売された「スーパーサンテ」が初だったそうです。参天製薬のHPによると「それまで使われていたガラス容器は、手作りのため量産が難しく生産コストがかかるほか、時には破損してしまうという欠点があり(中略)プラスチック容器の登場によって、日本における目薬の普及が一気に加速」したとのこと。

・V・ロート(ロート製薬)

参天製薬のライバル会社であるロート製薬も、1964年にはプラスチック容器を取り入れているようです。広告文の最後に目薬は「こんな時に使おう」という提案が書いてあるのですが、仕事の合間、テレビを見た後に加え「朝晩歯をみがく時」とあるのが気になります。願わくば、歯磨きの習慣に目薬の習慣も加わればという期待もあってのことでしょうか。

・ハミガキ タバコ ライオン(ライオン歯磨)

現在でもほぼパッケージをそのままに売られている「ハミガキ タバコ ライオン」は、2年前である1962年(昭和37年)に発売(ライオンHP「ライオンの歴史」より)。広告が煙っぽい。

・デンター ライオン(ライオン歯磨)

昭和育ちの方ならおなじみ「リンゴをかじったとき血が出ませんか?」の宣伝コピーで知れ渡った「デンター ライオン」は、この年に発売されました。歯槽膿漏(この広告では「シソーノーロー」とカタカナ書き)という歯の病気を世に知らしめた商品でもありました。

・アンネ ナイトナプキン(アンネ)

医薬品・医薬部外品のラストは、女性にとって救世主的商品となった生理用ナプキン「アンネ」の夜用タイプ「アンネ ナイトナプキン」の広告です。「一晩に一枚ですむ」という、広告文句通りに「アンネが夜を変える」商品となったようです。生理用ナプキンが日本に登場したのは、この広告のわずか3年前の1961年。それ以前はゴム製の「月経帯」と「脱脂綿」を使うのが一般的だったとかで、夏場でなくても蒸れるし漏れやすかったとのこと。



美容・ファッション

・競馬ポマード(小倉商事)

美容・ファッションの1つ目は、「香水の役目を果たす!」という「競馬ポマード」の広告です。「東京カーウォッチング」さんのブログによると、小倉商事は後に「ケイバ化粧品」と社名を変え、昭和57年までは同商品を販売していたようです。

・カネボウ マッサージ クリーム(鐘淵紡績)

「カネボウ マッサージ クリーム」は、広告モデルを務める女優の藤山陽子さんの横顔があまりに美しかったのでピックアップ。

・ナショナル赤外線ビオライト(松下電工)

こちらの商品は、今となっては効果のほどにクエスチョンマークが付きますが、寝る前に10分ほど赤外線を浴びることで、血行が良くなり、肌がイキイキとなるとうたっています。

・ビメークB型(加美乃素本舗)

神戸発の加美乃素本舗が販売する「ビメークB型」の広告。神戸だけに、広告モデルは阪神タイガースのエースとして活躍し、2代目「ミスタータイガース」と呼ばれた村山実さんが務めています。全長18センチの低周波を発生する器具で、筋肉と細胞をマッサージするのだそう。

・シームレス パララン(郡是製絲)

美容・ファッションの最後は、グンゼのストッキング「シームレス パララン」の愛称決定のお知らせです。すでに愛称の公募が行われ、9万2508通の中から「パララン」が選ばれたそうです。「パララン」を応募した当選者には、副賞として30万円とグンゼの海外特派員として40日間の世界旅行に招待されたそうです。こちらもまた、自由に海外旅行ができなかった時代を反映していて面白いですね。

ちなみに「パララン」とは、「伝線(ラン)を防ぐ(パラ)」という商品の特徴を織り込んだネーミングとのこと。



いかがでしたでしょうか? シリーズ3作目でも完結せず、いよいよ次回の自動車・雑貨編で最終回を迎えられそうです。

(服部淳@編集ライター、脚本家)

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