【悶絶】日本映画史上最強のSEXYロリータ?過去の加賀まりこが妖精すぎた

2014/11/13 15:31 星野小春 星野小春


加賀まりこがかつて絶世の美少女だったというのは有名な話ですが、若い世代はインターネットや雑誌に掲載された写真を目にすることはあっても、“動く姿”を見る機会は少ないのではないでしょうか?



もちろん静止画で見ても目の覚めるような美少女ではありますが、60’sレトロガーリーな魅力満載の映画「月曜日のユカ」のスクリーンをピョンピョンと飛び回る加賀まりこは、もうどうしていいか分からず頬を抓って悶絶してしまいそうな殺人的愛らしさです。




■ “ロリータ”と言う言葉が似合いすぎる少女時代

“和製ブリジット・バルドー”とも呼ばれた彼女ですが、これほどまでに“ロリータ”と言う言葉が似合う女性がかつて日本にいたでしょうか?

キラキラした星のような瞳に影を落とす長い睫。くるりと捲れ上がったアヒル口、ぷっくりしたホッペ、どこをとっても理想的なベビー・ドールそのものです。それでいてただ幼いだけでなく、ピュアであどけない愛らしさの中に、品良く生意気なSEXYさがブレンドされています。



加賀まりこの可愛さは言うまでもありませんが「月曜日のユカ」を見ていると、共演する中尾彬のやんちゃな美少年っぷりにも魅了されてしまいます。細身の体にいたずらっぽく微笑む顔が子供のように無邪気で、スカーフを捻った貫禄のあるおじ様である現代の姿と思うと、無性に微笑ましく感じます。




■ 芸能一家に生まれた早熟な文学少女

加賀まりこは1943年東京都神田区小川町で大映のプロデューサー加賀四郎の次女として生まれ、新宿区神楽坂で育ちます。自伝「純情ババァになりました。」(講談社)によると、小学校時代から神田神保町の古本街でフランス文学に親しみ、10代で飯倉の高級イタリアレストラン「キャンティ」に入りびたるような“生意気な文学少女”であったとのことです。



同書の中で彼女は、幼い頃から業界人の大人に囲まれて育ち「“何をどうすればどうなる”を熟知したおしゃまな子供だった」と回想しています。小学校の頃から、姉の通う明治大学に遊びに行っては男子学生に餡蜜をおごらせたり、神田の古本屋でお小遣いをはたいて「マルキ・ド・サド選集」を購入したり、都会っ子らしい早熟さを発揮していました。




■ 引き寄せるのは一流の男揃い…末恐ろしい10代

ティーンエイジャーになると、叔父が経営する広告会社に入りびたり、パンフレットのモデルなどで小遣い稼ぎを始めます。そこでは、後に巨匠となる若きカメラマン助手、篠山紀信との出会いも経験します。

子猫のような愛らしい姿をしているのに、中身は知的な文学少女、しかも自由奔放でSEXYな女子高校生が制服姿で六本木や麻布で遊びまわっていたら…業界のおじ様達がほうっておくはずがありませんよね。

そんな彼女を路上でスカウトしたのは、なんとあの「言葉の錬金術師」と呼ばれる劇作家・寺山修司です。よくあるプロダクションのマネージャーなどではなく寺山修司…スカウトをしてくる人まで一流すぎて絵面を想像するだけでため息がでてしまいそうです。




■ 人気絶頂でのまさかの渡仏…層々たる交遊録

フジテレビ系のドラマでデビューした後は、その確かな実力と生意気なキュートさで数々のCM・映画・音楽番組などで活躍します。あのノーベル賞作家、川端康成も彼女のファンで、ともに朝食を摂る仲でもあったとのこと。

川端康成原作の映画「美しさと哀しみと」では、同性愛の少女という難役を見事に演じきります。まるであらかじめ彼女を想定したアテ書きのようなハマり役っぷりに惚れこんだ川端は「ほかの女優は考へられない」とまで絶賛。彼女は後に川端康成との関係を回想し「いいダチ」だったと、表現しています。



20歳でアイドル女優であることに飽きてしまった彼女は、半年先のスケジュールまでキャンセルして、JALのエコノミークラスのシートに座り単身パリに渡ります。

渡仏後は「レストラン キャンティ」オーナーの川添浩史の紹介でカンヌ映画祭にも出席、着物姿の愛らしいベビー・ドールはフランスでも大人気で常に注目の的だったと言われています。その後も、サンローラン、トリュフォー、ゴダール、サガンという錚々たる人物と交友を深めてゆきます。



20歳までに稼いだお金を使い果たし身軽になるためにパリで豪遊していた彼女に、劇団四季の浅利慶太から舞台「オンディーヌ」の出演依頼が舞い込みます。名戯曲の主演に興味を惹かれた元文学少女は快諾し、急遽日本へ帰国します。

マスコミの仕事を一切断り舞台に集中した結果、舞台が開くと、連日大入りの大評判でロングランにつぐロングラン。日生劇場始まって以来の大成功をおさめます。




■ つんのめるように生きて…試練と結婚生活

「オンディーヌ」によって女優として開眼し、押しも押されもせぬ人気女優となった28歳の時、彼女は未婚のまま出産します。相手の男性については、人気歌手や俳優の名が週刊誌で取りざたにされましたが、真相はいまだ公表していません。

まだ“シングルマザー”という言葉すらなかった時代、“未婚の母”への決意に世間は衝撃を受けますが、リベラルな考え方だった家族は彼女を受け入れサポートします。しかし、生まれた女の子はわずか4時間でこの世を去ってしまいました……。



30代前半には年上のテレビマンとの結婚も経験します。“3日で別れる夫婦”と週刊誌に書きたてられたにもかかわらず結婚生活は5年続きましたが、彼の浮気と病気が同時に発覚し、協議離婚に発展します。離婚が成立する頃には、彼女の側にも新しい恋人ができていたとのことです。後に彼女は「多分私は“奥さん業”というのをやってみたかったのかもしれない」と回想しています。



離婚後は精力的に女優業をこなし、1981年の映画「夕暮れまで」では第23回ブルーリボン賞・助演女優賞、1982年には「泥の河」では第9回キネマ旬報賞・助演女優賞を受賞し、持ち前の美しさに大女優の貫禄も加わります。



近年は、大河ドラマや映画で若手スターと共演し続ける大物女優であるばかりでなく、歯に衣着せぬ発言でバラェティ番組でも人気を博し、本コラムの参考書籍である「純情ババァになりました。」をはじめ執筆業でも高い評価を得ています。




■ 美少女戦国時代を軽やかに飛び回った妖精

いががでしたか? 加賀まりこがアイドル女優として活躍していた1960年前後は映画文化が華やかなりし時代。吉永小百合、浅丘ルリ子、大原麗子を初めとする神格化されるレベルの美少女スターが数多く登場しました。



吉永小百合の昭和らしい淑やかなお嬢様的美貌、浅丘ルリ子のディズニープリンセスを思わせるファンタジックなキラキラ感、和風美人としては最強の大原麗子のたおかやな色気もたまらなく魅力的です。



そんな、ある意味“アイドル女優戦国時代”の中でも、今見てもまったく古さを感じさせない時代を超越した可憐さにおいては加賀まりこが群を抜いています。



筆者が女優・加賀まりこの存在を初めて意識したのは、NHK朝の連続ドラマでした。既に主人公の実母役を演じる年齢でその容貌も落ち着いたものだったにもかかわらず、子供心に彼女の中に「ものすごくかわいいナニか」が蠢いていることを強く感じました。



長い人生において人の姿形は刻々と変わっていきますが、現在前面に出ているキャラクターが何歳であれ、人間の中には過去・未来のあらゆる年齢の“姿”がストックされており、ふとした瞬間にオーラのように醸し出すことができるのかもしれませんね。



現在の彼女の姿…ロックでかっこいいマダムの中からチラリと覗くロリータ的な愛らしさや、10代の眼差しにふと映る魔女のように成熟した毒気を見るに付け、その“残像”を醸し出す技術に特別長けているのが女優と言う人種なのかもしれない、と思ってしまいます。

(星野小春)

【参考】

※ 純情ババァになりました。 (講談社文庫) 加賀 まりこ(著)

※ とんがって本気 (新潮社)加賀 まりこ (著)

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